人間らしさ


俺が十歳になる頃、兄弟は三人死んでいた。いくら救護係を付けたところで即死や間に合わない致命傷を助けることは出来ず、兄弟とは名ばかりの関係でも血を分けた弟や妹が死んだという事実は悲しかった。そう、悲しかったんだ。

「天元様、悲しんでいるんですね」
「まあな…」
「この数年で天元様はとても人間らしくなりましたね!」

凛が言うように俺は今となっては完全に感情を取り戻していた。それは間違いなく凛のおかげだ。他の救護係がどういう奴等かは知らないが、凛はくの一としては珍しいほど喜怒哀楽がはっきりとしていたのだから。そんな凛と過ごしているうちに、俺は凛の言うように感情豊かになってしまったのだろう。それは忍としては致命的な欠陥だというのに。

「凛」
「何ですか?」
「人間らしい俺は忍としては欠陥品か?」

俺の言葉に凛はいつものように微笑む。

「大丈夫ですよ!」
「はぁ、何を根拠に…」
「私が言うんだから間違いありません」

全く要領の得ない返答に思わず笑ってしまう。凛と話していると肩の力が抜ける。こんな殺伐とした人生の中で、凛といる時間だけが俺の癒しの時間になっていた。
凛だけなんだ。この家で俺を人間として扱ってくれるのは。父も他の忍も俺を人としては扱わない。いつからかそんな自分の在り方に疑問を持つようになっていた。俺はなんだ?何のためにこんな過酷な修行をしているんだ?

そんな疑問を抱きつつも、修行をこなさなければ文字通り死んでしまう。俺は与えられた信じられないような過酷な修行乗り越えては血反吐を吐き、部屋に戻ればいつものように笑顔で迎えてくれる凛と共にその後五年を過ごして十五歳となった。年月を重ね、更に過酷になる修行に嫌気が刺したところに凛が更に追い討ちをかけるような言葉を投げかけてくる。


「嫁?」
「そうですよ!天元様ももう十五ですからね。優秀な子達がお嫁に来てくれるんじゃないですか?」

凛が慣れた手つきで俺の手当をしながらそんな話を投げかけてくる。明日生きていられるかも分からないこの状況で嫁を娶るなんて正気の沙汰じゃない。それに、何でお前はいつも通り笑ってるんだよ。

「嫌じゃねーのかよ」
「はい?」
「…俺に、嫁が出来るの」

口にして、自分が何を言っているのかよく分からなかった。別に嫁が出来たところで俺の救護係は凛だ。会えなくなるわけでも、喋れなくなるわけでもないだろう。なのに、俺は凛に嫌がってほしいと思っているのか?
それは、何故?

「えっと。どういう意味ですか?」

凛は珍しく俺の言っていることが本気で分からないという風に首を傾げてる。その仕草があまりにも可愛らしくて、それで気付いてしまった。俺は最初は鬱陶しくて嫌いで仕方がなかった救護係の凛にいつの間にか惚れてしまっていたということに。

「優秀な奴ならお前でいいだろ」
「え?」
「……俺の嫁になれよ」

人にこんな気持ちを抱いたこともそんな台詞を吐いたことも生まれて初めてで、まるで血が沸騰しそうなほど顔が熱い。凛の顔をチラリと見ると──

(え…?)

一瞬だけ酷く哀しい表情を浮かべたかと思えば瞬き一つした後、凛はいつも通りの笑顔を浮かべた。

「天元様私のこと好きだったんですか?」
「……悪いかよ」
「あららぁ、見る目ありますね!」
「うっせぇ、自分で言うな…」

凛はあははっ、といつもより困った風に笑った後に優しげな表情を浮かべた。

「ごめんなさい天元様。私、幸せにしたい人がいるんです」

凛からの返事に胸が締め付けられる。ああ、そんな顔も出来るんだな。いつもの天真爛漫な笑顔じゃない。その「幸せにしたい人」のことを想っている凛の目は悔しいくらいに綺麗だった。

「…そいつのことが好きなのか?」
「はい、好きです」
「……はぁ、そうかよ」

凛に想い人がいるのなら諦めるしかない。俺だって凛には幸せになってほしいから。それこそ付きっきりで俺の救護係なんてさせてたらその相手に良く思われないのではないか。俺に本当に嫁が出来るのなら、嫁に救護係を託して凛を解放することだって出来るはずだ。だけど俺は、

「…嫁が出来てもこれからも今まで通りよろしくで良いんだよな?」
「え?天元様がよろしければですけど」
「じゃ、まあ。ここまで来たら腐れ縁だしこれからも頼むわ」

そう言うと凛はまたいつも通りの笑顔に戻って良い返事をしてくれた。これは凛を手放してやれない俺の我が儘だ。今はまだ、凛と離れるなんて考えられなかった。


その一月後、俺には雛鶴とまきをと須磨という美人で優秀な嫁が三人出来た。俺には勿体無いくらいの良い嫁達で、凛にも「お幸せに」と祝言をもらうのだった。






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