ぎこちない笑顔


俺の救護係である凛はいつも本当に楽しそうに軽口を叩く。いくら俺が悪態を吐いても、無視しても、凛はお構いなしだ。

「天元様聞いてますかー?」
「痛…耳を引っ張るな!」

あはは、ごめんなさい。と凛は両手を合わせて俺に詫びの言葉を口にするが別段反省してる様子はない。調子が狂う。凛といると最初は鬱陶しくて堪らなかった。それこそ父に願い出て救護係を変えてもらおうかと考えたほどに。だがあの父が俺の言葉に耳を貸す筈がない。他の弟や妹が耐えられてるものをお前は耐えられないのかと罵られるのが目に見えて分かった俺はこのふざけたような女、凛を救護係として耐える道を選んだのだ。

「…なんだよ」
「はい!天元様は最近背丈が大きくなりましたからね。新しい修行着を繕っておきました!」

お手製ですよ!と凛は嬉しそうに俺に新しい修行着を渡してくる。繕った?俺のために?お前が?……俺が今まで渡されるものと言えば修行に必要な地獄だけだった。この修行着もあの過酷な修行のために渡されたものだとは分かっている。だけど、凛は間違いなく俺のことを思ってこの修行着を繕ってくれた。それを、俺は……

「………」
「天元様?あれ、もしかして気に入りませんでした!?」

凛が慌てたように俺の手にある修行着を取り戻そうとするので俺は慌ててその修行着を両腕で抱きしめた。

「違う!そうじゃなくて…」
「天元様?」

俺は、俺は思ってしまったんだ。こんな気持ちとっくの昔に捨て去った筈だったのに俺は今、確かに……

「あ、ありがとよ……」

凛がこの修行着を繕ってくれたことを嬉しいと思っている。思えば凛と過ごすようになってから俺はずっと鬱陶しいと。それこそ怒りにも似た感情を抱いていた。だが、今思えば俺は怒りという感情すら抱かないようにしていたというのに、凛と過ごすと俺が捨てた筈の感情が少しずつ戻っていたんだ。
それは本来、忍としては正しくないものだろう。だが俺は、折角取り戻したこの「感情」をもう二度と失いたくないとさえ思ってしまっている。

「えー!天元様素直じゃないですか!いつもそうなら可愛いのにー!」
「あ、頭撫でんな!」

凛が嬉しそうに俺の頭を乱暴に撫でる。その手つきは本当に荒っぽいのにどこか暖かくて、自分から撫でるなと振り払った凛の手が名残惜しく感じてしまった。

「凛は、」
「はい?」
「忍のくせに…感情豊かだよな」

俺がそう言うと凛はぽかん、と少しだけ呆気に取られた顔をした後にいつものようにあはは!と笑顔を浮かべた。

「私、感情豊かですか?」
「どう見てもそうだろ」
「あは!じゃあ天元様も私みたいになりましょうよ」
「…親父に何言われるか分かんねえだろ」

感情なんて表に出していたらどんな拷問を受けるか分かったもんじゃない。それこそ殺されてしまうかもしれない。そしてそれは、俺をこんな風にしてしまったお前にも被害がいくかもしれないと思うと…

「大丈夫ですよ」
「何っ…」
「私が天元様を守ってあげます」

凛の言葉にぽかん、としている俺の口角に指を当てて凛は楽しそうに笑った。

「あは、ぎこちない笑顔ですね」

無理矢理人の口角を上げて何失礼なことを言ってるんだ、こいつは。だけどそんな凛が可笑しくて。俺は物心がついてから初めて声を出して笑うことが出来たのだった。






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