気味の悪い女


毎日毎日、俺が感じるのは痛みと苦しみだけだった。何故父は俺達にこんな過酷な仕打ちをするのか。倒れても嘔吐しても許されることなく修行をさせられる。俺だけじゃなく、弟も妹もだ。物心ついた時から飯には毒が入ってることが日常だったし、眠っていても奇襲される。まさに生き地獄の中、俺は必死に生きていたんだ。

「痛っ…!」
「あらまぁ、また派手にやりましたね」

俺達には専属の救護係がいる。あまりにも過酷な修行で弟が一人死んだ時、すぐに死んでは困ると父が腕利きの忍をそれぞれ一人ずつ俺達に充てがったのだ。俺の救護係は女で、名前を凛という。俺はこいつと出会って初めて感情というものに触れることになったんだ。

「でも折れてないですね。流石天元様」
「………」

にこにこと。凛はいつも笑顔を絶やすことがない。この家で、そんな表情をしているのは凛くらいだ。それこそ感情など捨てろと散々暴力を受けたのだから感情なんて言われた通りとっくの昔に捨ててしまっていた。
だというのにこいつは笑うんだ。俺が捨ててしまった感情をまるで見せつけるように。それが腹立たしくて、俺は手当てをしてくれた凛の手を取りミシリッと人差し指を折った。

「………は?」

声を上げたのは俺だった。凛は表情を変えない。だが確かに手応えはあった。そして、凛の指は明らかにおかしい方向に曲がっていてどう見ても折れている。俺は今日の修行で指の骨がイッちまったかと思いその激痛に苦しんだ。そう、普通なら指が折れれば痛がるに決まっているのに凛は全く痛がる気配がない。

「天元様はこうなっては駄目ですよ」
「……なに、」
「自分の痛みも相手の痛みも。忘れちゃ駄目です」

ああでも、やっぱり不便ですね。なんて言いながら凛は俺が折った指を自分で応急手当てしていく。どんどん青紫に腫れ上がる指を全く痛がる素振りもない凛の姿に俺は──

「……痛く、ねぇのか?」

つい、そんなことを聞いてしまった。

「そうですねぇ。多分、痛いんだとは思うんですけど…これくらいなら慣れてしまって。あまり気にならないんです」

だから気にしないでくださいね。と凛は笑った。その感情は、何なのだろう。怒りでもなく悲しみや憎しみでもない。


こいつは今、何を考えている?


***


俺達には毎日過酷な修行が課せられる。怪我をしない日はなく、俺と凛は必然的に毎日一緒に過ごす時間があった。俺の冷め切った世界に、凛は笑顔という火を灯す。それが最初は本当に鬱陶しくて堪らなかったんだ。

「あーあー。利き手はちゃんと守らないと駄目ですよ」
「……うるせえ」
「まあ両利きにしちゃうのが一番なんですけどね」

ふんふーん、なんて鼻歌を歌いながら凛が俺を手当てしていく。馬鹿にしやがって。くの一といえど所詮は女。少し痛めつけてやれば軽口も叩かなくなるだろうと俺は隠し持っていたクナイを握り、今出せる自分の一番の速さで凛に振り下ろした。

「は?」

キンッ、と。冷たい音と共に俺のクナイは俺の頬を掠めて後ろの壁に刺さっていた。何が、と問うよりも凛の手に握られた小太刀が目に入る。俺のクナイを頬を掠めるほどの威力で叩き返したのは間違いなく凛だ。だが速すぎる。俺は目には自信があった。なのに、凛がいつ小太刀を構えたのすら分からなかった。

「んー遅いですね」
「……!馬鹿にしやがって…!」
「いえいえ。そのお歳では優秀ですけど、それでは私は殺せませんよ」

これからも修行、頑張ってくださいね。と凛はいつものように楽しそうに笑う。それに対して俺は悔しいと、この女を──

「絶対いつか殺してやる」
「あは!楽しみにしてますね」

凛に勝ちたい。あのへらへらとした表情を崩してやりたい。やっぱり俺のほうが強いんだと、認めさせたい。


この頃の俺は凛を通して少しずつ感情を取り戻していることにまだ気付いていなかった。






×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -