番外編:俺が一番知ってる
「凛さんって可愛いよな」
思春期の男子ならそんな話題の一つや二つ、息を吸うように出るものだろう。ただ、その矛先が凛っつーのが気に食わないだけで。
「いつもにこにこしてて、あとなんつーかふわふわしてるんだよな」
「分かる!掴みどころないところが良い」
「なんか良い匂いもするしな」
ハハハッ!と盛り上がる男子達が話してるのは下校時間がとっくに過ぎた教室で、まだ帰ってない生徒がいたら帰るように見回りに来たらコレだ。いや、勘違いしないでほしい。俺は餓鬼どもの恋バナは好きだ。良いじゃねえか、青春って感じがしてよ。いつもなら茶化したり話に入ったりすることもあるんだけど対象が凛ということでそれは見送られた。
「おいコラ。下校時間とっくに過ぎてんぞ」
「あ!宇髄センセー」
人懐っこい笑顔を浮かべた生徒達に流石に物申すつもりはねえ。だけどこのまま俺に聞こえる範囲で凛の話をされるのも精神的に良くないため俺は渋る生徒達を帰るように促して空っぽになった教室に鍵をかけて美術室へと向かった。
「おかえりなさーい」
美術室では「一応」美大を受けると言っている凛が絵を描いて待っていた。さっきまで自分が話題にされていたなんて全く思ってもいないんだろう。凛は何もしないでいるのは怪しまれるだろうと、ここで絵を描くことにしたのだが…
「ははっ、派手に芸術が爆発してんな」
「あー!それ絶対褒めてないですよね?」
意地悪ですねーなんて言いながら凛は楽しそうに笑っている。ちくしょう、可愛いな。
『凛さんって可愛いよな』
思い出されるのは生徒達の言葉。そうだよ。凛は可愛いんだよ。そんなこと百年以上前からこっちは知ってるんだ。だっていうのにお前らはこの平和な時代で凛の制服姿を見て、体操服姿を見てしかも一緒に学生生活を送ってるだあ?……そうだよ!正直羨ましいんだよ!
「……お前さぁー」
「なんですか?」
「可愛いって噂されてんぞ」
俺がそう言うと凛は少しだけ目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。
「それで拗ねてるんですか?」
「……そーだよ」
「あはっ、宇髄先生のほうが可愛いじゃないですか!」
よしよし、と凛は俺の頭を撫でてくる。この時代では俺と凛は十の歳の差があるというのに俺達には前世の記憶があるため全く年齢差を感じずにいる。つまりだな。凛に頭を撫でられるのは……嫌いじゃない。
「うっせ。お前のほうが可愛いに決まってんじゃねーか」
「えーほんとですか?」
ふわふわしてると、あいつらは言っていた。そうなんだよ。どこか掴みどころがなくて、それこそ目を離したらどこかに飛んでいってしまいそうな危うさすら感じさせる。
「凛」
そう言って手を差し出すと凛は迷わずにその手を取ってくれる。こいつに惚れるのはおすすめしないぜ。なんせこっちは百年以上もこの手を取ってもらえなかったんだからな。
≪ ≫