一番好きなのは



今日は丸一日休みなので少し朝寝坊でもしてしまおうかな、と思っていた私をむしろいつもよりも早く起こしたのはしのぶさんだった。なんでも宇髄さんに届けてほしいものがあると。カナヲは任務に出ていて、しのぶさんも手が離せないから休みで申し訳ないけどと頼まれれば断るはずもなく。こんなにもお世話になってるしのぶさんのお願いなら二つ返事で承諾した。

「あ!炭治郎、おかえりー!」
「凛!ただいま!」

蝶屋敷を出ると丁度任務を終えて帰ってきた炭治郎と出くわす。怪我もしていないし、顔色も良い。今回の任務は難なく終えたようで安心する。そんな私の様子に炭治郎も嬉しそうに微笑んでくれる。

「こんな朝早くにどうしたんだ?」
「宇髄さんのところまでお使いを頼まれたの。炭治郎は今日はもう休み?」
「うん。今日は休みをもらえたんだけど…もしかして凛も休みだったのか?」
「うん!じゃあ宇髄さんにこれを届けたらすぐに蝶屋敷に帰って──」
「じゃ、じゃあ凛!」

私の言葉を遮るように炭治郎が私の名前を呼ぶ。なんだかとても嬉しそうな様子にどうしたのだろうと首を傾げると、炭治郎は少し顔を赤くして口を開いた。

「お昼から、一緒に町に出かけないか?」
「町に?」
「うん。善逸が言ってた美味しい甘味屋さんに連れて行きたいんだけど、どうだろうか?」
「いいね!行こう行こう!」

そう言うと炭治郎は嬉しそうな笑顔を浮かべ、待ち合わせ場所と時間を決めて私達はそれぞれの用事を早く済ませようと胸を高鳴らせるのだった。


***


「宇髄さーん、しのぶさんからお届けものです」
「お、凛。お前が来たのか」
「凛ちゃん!久し振りねー!」
「あ!蜜璃ちゃん!お久し振りです」

宇髄さんの屋敷へ届け物に来た私を迎えてくれたのは屋敷主である宇髄さんと、宇髄さんの奥さんに用事があったため訪れていた蜜璃ちゃんだった。相変わらず可愛らしい蜜璃ちゃんに癒されながら、宇髄さんに届け物を渡してお辞儀をしてその場を後にしようとすると宇髄さんに腕を掴まれた。

「まあまあ待て待て。つもる話もあるだろう」
「えっ、あの」
「私も炭治郎君とのお話を聞きたいわ!」
「え!?」

宇髄さんも蜜璃ちゃんも楽しそうな顔をして私を見つめている。そして宇髄さんは私の掴んだ腕を全く離す気配もなく。勿論私も二人ともお話したい気持ちはある。だけど今日は駄目なのだ。理由を言ったらこの二人なら帰してくれると思うので正直に言ってしまおう。

「あの、今日はお昼に用事があって…」
「なんだ鍛錬か?」
「いえ、実はですね…お昼から炭治郎と町に出かけるんです」

そう言って気付いた。そういえばこう言う風に約束をして炭治郎と町に出かけるのは初めてであることに。そして今となっては炭治郎と私は恋人同士で、…あれ?そう考えると緊張してきたな…!?

「なるほど逢引きか」
「きゃー!素敵!」
「えっえ、」

やっぱりそうなのかな。意識をしだすとどんどん恥ずかしくなって顔が熱くなってしまう。そんな私を見て宇髄さんと蜜璃ちゃんはそれはそれはもう楽しそうに声を上げた。

「よし!人肌脱いでやるか!雛鶴ー!」
「私にも任せて!凛ちゃん!」
「え、何がですか!?」

そう言って雛鶴さんに持ってこさせた色々な道具に私は目をぱちくりとするしかない。だってそれには見覚えがあったから。そして過るのは酷い顔にされた三人の同期。

「え!?お、お化粧なんて良いですよ!」
「なーに言ってんだ!恋人に別嬪になったお前を見せてやれ」
「任せて!凛ちゃん!」

そう言って宇髄さんと蜜璃ちゃんはよく分からない道具を次々と私の顔に塗りたくる。目を瞑って、だの。少し口を開けろ、だの。細かい要求にもうどうにでもなれと言う気持ちで従っていると二人が感嘆の声を上げた。

「凛ちゃん…!か、可愛すぎるわ…!」
「へ?」
「やっぱりお前は化けると思ったんだよなぁ。遊郭に行った時は紅だけにしておいて良かったぜ」

そう言って宇髄さんは最後に雛鶴さんの持ってきた綺麗な着物を渡してくる。え、と顔を上げると宇髄さんも蜜璃ちゃんもとても良い笑顔で笑ってくれた。

「折角の逢瀬を隊服でなんて行くんじゃねえよ」
「凛ちゃん、楽しんできてね!」

二人に背中を押されて、私はそんな二人の気持ちが嬉しくて言われるがまま着物に袖を通した。久々にちゃんとした着物を着たなぁ。しかもこんなに綺麗な着物は生まれて初めて着たから嬉しくて仕方がない。
ただ一つ不安なのは、二人が最後まで鏡を見せてくれなかったこと。…どうか、遊郭に潜入来た時の炭治郎達みたいな顔にされていませんように…!良い笑顔で私を送り出してくれた二人を信じて私は炭治郎との待ち合わせ場所に向かうのだった。


***


凛と出かけることはあっても、今日みたいに待ち合わせをしてというのは初めてだった。それに、恋人になってから町に出かけるのは初めてで緊張してしまうし、俺には甘味処へ行く以外にも目的があるのだ。だから、任務明けだというのに仮眠すらとれず現在に至る。

「…禰豆子ぉ…兄ちゃん、頑張るからな…!」

事情を伝えると今の禰豆子がどこまで理解してくれたかは分からないが「がんばれ!がんばれ!」と送り出してくれたのだ。そして善逸は「禰豆子ちゃんのことは俺に任せろ」となんだかよく分からないが格好をつけていたが、善逸になら安心して禰豆子を任せられると思い、俺は今一人で凛を待っていた。
そう。いつもは箱に入っていることが多かったが必ず禰豆子は一緒にいたのだ。正真正銘、今日が凛と二人きりというわけで…うっ、また緊張してきた…!

「炭治郎」

聞き間違えるはずのない声に呼ばれて振り返るとそこには──

「え?」

いつも通りではない凛の姿があった。
綺麗な着物を身に纏い、お化粧をしている凛は信じられないくらい可愛くて綺麗で。息をすることすら忘れてしまうほど…

「えっと……へ、変かな…?」

凛が心配そうに眉を下げて俺に問う。変だって?何を言っているんだ!どこをどう見ても…

「…綺麗だ」
「えっ」
「本当に凄く綺麗で…な、なんて言ったらいいか分からないくらい可愛くて…!」
「ひっ!は、恥ずかしい!も、もういいから…!」

そう言って凛は俺に背を向けてしまう。そんな仕草すら可愛くて仕方がない。いや、本当に可愛いんだ…!

「ね、甘味処いこ?」
「あ、ああ!…凛」

そう言って手を差し出す。手を繋いだことなんて何回もあるというのにこんなにも緊張してしまうなんて。差し出した手が少しだけ震えてて、格好悪い。だけどそんな俺の手を凛はぎゅう、と握ってくれた。
甘味処に向かう道中、いつものように他愛ない話をして、だけど時々沈黙が挟まって。繋いだ手から伝わってくる凛の早い動悸に俺もまたドキドキしてしまう。きっと俺の早い動悸も凛に伝わっているのだろう。少し恥ずかしくて擽ったい。そんな初めての気持ちを抱いたまま俺達は甘味処に到着した。


***


「ん!美味しい〜!」
「本当だ!凄く美味しい!」

炭治郎が連れてきてくれた甘味処は善逸のお墨付きということもあって何を食べても美味しくて幸せな気持ちになれる。今日、私を目にした炭治郎はずっと可愛いと言い続けてくれてそわそわとしているので、宇髄さんと蜜璃ちゃんに感謝しなければ…と思っていたがあまりにも愛情たっぷりな目で見つめられると恥ずかしくて居た堪れず、甘味処に着くまではどこか擽ったい気持ちが続いていたのだ。
だけど美味しいものの力というのは偉大で、今はいつも通りの私達に戻れていて楽しくて仕方がない。

「凛」
「ん?」
「これ、受け取ってほしいんだ」

そう言って炭治郎が差し出したのは──

「髪紐?」
「うん。もし髪を結うことがあったら使ってほしいなって…」

炭治郎が渡してきたのは綺麗な朱色をした髪紐だ。一目でその髪紐が気に入り、私はあることに気付いた。

「この髪紐、炭治郎の瞳の色と似てる…」
「そ、そうかな…?」
「うん、そうだよ!…嬉しい。大切にするね!ありがとう炭治郎!」

炭治郎からの初めての贈り物に喜んでいると、炭治郎もとても嬉しそうに笑ってくれる。こんなにも一緒にいて幸せな気持ちになれる相手に出会えて本当に幸せだ。
ふと、窓に映る自分の姿が目に入る。綺麗な着物に綺麗なお化粧をして幸せそうに微笑んでいる私。きっと今日の私は誰が見ても普通の町娘に見えるのだろう。だけど私は、

「炭治郎、今日の私は普通の女の子に見える?」

私の問いかけに炭治郎は愛おしげに答えてくれる。

「凛はいつだって普通の女の子だよ」

炭治郎は私のことをずっと普通の女の子として見てくれていた。どんなに傷を負っても、どんなに無様な姿を晒しても。だからこそ私は、

「ふふ、ありがとう。でも私は鬼殺隊士になって良かったと思ってるよ」
「どうしてだ?」
「だって、炭治郎に会えたから」

鬼殺隊士になる原因は悲しく受け入れ難いものだった。だけど、鬼殺隊士にならなければ私は炭治郎に出会うことがなかったのだ。今となっては炭治郎に出会えなかった人生など考えられない。…人を好きになるとはこういうことなんだと痛感させられる。

「俺もだよ」
「ほんと?」
「うん。鬼殺隊士になって、凛に会えて…凛を好きになって本当に良かった」

炭治郎の真っ直ぐな言葉がむず痒くて、それは発した本人も一緒だったらしく二人で笑ってしまう。明日には化粧もしてなくて着物ではなく隊服を纏う生活に戻るだろう。
だけど、炭治郎が側にいてくれればそれだけでいい。私は、竈門炭治郎に恋をしている。



「今日の凛も好きだけど、俺はやっぱりいつもの凛が一番好きだなぁ…」
「え!?や、やっぱり似合ってない…?」
「似合ってる!似合ってるぞ!物凄く可愛いからな!?」
「あ、は、はい…」

ただ、可愛すぎるのだ。
甘味処に向かう道中も何人の男が凛のほうを振り返り、そしてやましい匂いをさせていたことか。こんな可愛らしい凛は俺以外には見せたくないし、俺自身も凛が可愛すぎて動悸が治らないんだ…!それともう一つ。

「匂いが、」
「匂い?」
「うん。化粧の匂いでいつもの凛の匂いが嗅げないのが寂しくて…」
「い、いつも匂いなんて嗅いでたの…!?」

俺はこの日、密かな楽しみを自分の口から暴露してしまうのだった。



お題「太陽にあこがれての二人」「たまたま休みが被った日のデート」「お化粧をする凛にドキドキする炭治郎」「炭治郎が凛に贈り物」


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