雨の季節



普段なら半袖でも暑いくらいの季節。私はこの季節が一番嫌いだ。人々の不満が溜まりやすく鬼が多いこの時期、私達は体を濡らしながら夜を駆けなければならない。傘を持ちながら鬼狩りをすることなんて出来ず、レインコートを着れば体の自由が効き辛いため私達は体を濡らしながら刀を振るうのだ。

「……っはー…」

この地区では最後であろう鬼の頚に刀を振るって溜息をつく。今日は視界が悪くなる程の豪雨でずぶ濡れも良いところだ。
この時期──梅雨は本当に嫌いだ。濡れながら戦うのも、鬼の出現が多いのも、まだ我慢出来る。だけど何より私は…

「っ、くしゅん、」

雨に打たれすぎたのか寒気がする。早く本部に帰って暖かいものでも飲もう。それから…炭治郎に甘えてみてもいいかもしれない。炭治郎は体温が高いし、きっと暖かいはずだ。

そんなことを考えながら本部に戻った私は、出迎えてくれた炭治郎の顔を見た瞬間気が抜けたのか意識を失うのだった。


***


「う〜…頭いだい……」
「凛、大丈夫か?熱は…三十九度!?」

大雨の中、凛よりも先に任務を終えていた俺はシャワーだけ浴びさせてもらって凛の帰りを待っていた。今日凛が担当した地区は特に雨が酷いらしくて心配だ。まだかな、と凛の帰りを待っていると体をずぶ濡れにした凛が本部へ帰ってきたので俺は急いでタオルを手に凛の元へと駆け付けると凛は俺の顔を見てすぐに意識を手放してしまった。抱き止めた体は雨で冷え切っているはずなのに熱くて。額に手を当てると高熱が出ていることが分かった俺はしのぶさんを呼んで凛を介抱してもらい、本部の凛の部屋で看病をすることになったのだが…

「これは酷いな…凛、何か食べられそうか?」
「んん、むり……」

熱のせいで目を潤ませ舌足らずな凛はとても心配なのと同時に少しだけその、目に毒だ。そんな自分のやましい心に喝を入れるように首を左右に振る。凛は今も熱で苦しんでいるんだ。何か、せめて飲み物でも持ってこようか。そう思って凛に背を向けると、俺の服を凛が弱々しく掴んだ。

「凛?」
「やだ……いかないで…」

いつもしっかりしていて、弱さなんて見せない凛が熱のせいもあり俺に甘えている。その愛おしさと言ったら言葉では表せないほどで、俺は凛に言われるがままもう一度凛の側に座り込んで俺を引き止めた手を両手で包むように握り締めた。いつもなら俺ほうが体温が高くて手も暖かいが、今は凛の手の方が全然熱くて心配で仕方がない。しのぶさんの渡してくれた薬が早く効くと良いけど…

「いや…」
「凛?」
「雨は、いやなの……嫌…」
「え…?」

凛がぼろぼろと涙を流す。突然のことに驚いたが、俺は凛を落ち着かせるように頭を優しく撫でる。

「大丈夫、大丈夫だよ凛」

そう言って頭を撫でていると落ち着いたのか、凛は眠りに落ちていった。目尻残った涙を拭い、しっかりと握られた手を一度離す。凛があんな風に泣くなんて、…雨が嫌い?凛は雨があそこまで嫌いだったろうか。俺には前世の記憶も戻っているが、凛が雨を毛嫌いしていた記憶はない。しかし現代の凛は毎年梅雨の時期を嫌っていたのも確かだ。だけど理由を聞いても「濡れるのが嫌だから」としか言っていなかった。あんなに泣くほど、濡れるのが嫌だとは考えにくい。

俺は一度凛の部屋を出て、スマホを取り出して深夜だと言うのを心の中で詫びながら電話をかけた。


『ん〜…もしもし?』
「あ、善逸。ごめんこんな夜中に…」
『いま何時…三時!?おま、こんな時間に…え、任務で何かあったの?』
「いや、そうじゃないんだが」

俺は電話越しで善逸に凛が雨に打たれて高熱を出したことを伝えると凛、大丈夫?と善逸は凛の心配をしてくれる。

『まあしのぶさんの薬に炭治郎がついてるなら大丈夫か。凛はこの時期苦手だし良い機会だからゆっくり休ませてあげたら?』

善逸も勿論知っている。凛が雨が苦手なことを。だけどもしかしたら、善逸は凛があそこまで雨を嫌う理由をもっと知っているかもしれない。だって、善逸は俺よりも凛と過ごした時間が長いから…

「善逸」
『何?』
「凛は、どうしてあそこまで雨が嫌いなんだ?」

俺の言葉に善逸が少しだけ言葉に詰まるのが分かる。だけど善逸は声の調子を変えずに言葉を返してくる。

『どうしてって。濡れるから嫌だって言ってたじゃん』
「凛が泣いたんだ」
『え?』
「雨が嫌って…悲しい匂いをさせて泣いたんだ。…善逸なら、その理由を知ってるんじゃないか?」

それは確信に近かった。
俺が知らない凛。それは現代に生まれ変わって高校で凛に再会するまでのことを指すのかもしれない。だけど俺は違うと思ったんだ。凛が雨を嫌う原因は現代ではなく…

『……前世でさ』
「うん」
『炭治郎の葬式の時、信じられないくらいの大雨だったんだよ。それから、凛は雨が駄目になっちゃったの』


***


太陽のように笑ってくれていた炭治郎が死んだ。
死なないでとどれだけ叫んでも、まだ生きてると縋りついても炭治郎が再び目を開けることはなく、あんなに暖かった手に体温が戻ることも二度となかった。
炭治郎は多くの隊士に慕われていて、葬式もしっかり行われることになったがいざ葬式が行われる時、信じられないほどの大雨に襲われた。

まるで太陽を失った空が泣いているようで
その日から私は雨が大嫌いになった。


「う…」
「凛、目が覚めたか?」

優しい声に目を開けると炭治郎が私の顔を覗き込んでいる。あれ?私いつの間に本部に戻ってきたっけ。そんな私の疑問を他所に炭治郎は私の額に手を当ててくる。

「うん!殆ど熱は下がったな。流石しのぶさんの薬だ」
「えっ、私もしかして熱出してたの?」
「三十九度まで上がったんだぞ」
「三十九度!?」

そんな高熱を出していたなんて。言われてみるとまだ少し怠い。体を起こすと炭治郎が優しく私の体を支えてくれる。というか、炭治郎。

「もしかして、ずっと看病しててくれたの?」
「凛が心配だったからな」
「炭治郎も任務明けなのに…ごめんね」
「俺も凛の側にいたかったから何の問題もないよ」

私の言葉に炭治郎はやっぱり優しく返事をしてくれる。大好きだな、とこっちの頬まで緩んでしまう。ふと、窓の外に目をやると昨夜よりはマシだけれど未だに雨は降り続いていて少し憂鬱な気分になってしまった。

「凛」
「ん、なに?」
「ジューンブライドって知ってるか?」
「へ?」

突然何?
炭治郎はまるでつい最近覚えた単語を私に伝えるようにキラキラとした目で私を見つめてくる。

「俺も善逸から聞いたんだけどな!六月に結婚する花嫁は幸せになれるそうなんだ!」
「え、う、うん?」

私も詳しくは知らないけど、そういう言い伝えがあることは知っている。古くからヨーロッパで伝わる縁起のいい話で、日本でも六月に挙式が行われることは多いらしい。でもそれがどうしたというのか…?

「だから、もし結婚式を挙げるなら六月に挙げよう!」
「え!?」

炭治郎それは、プロポーズですか…!?
いやまあ、炭治郎が記憶を取り戻してからは私達は何の問題もなく付き合っているし、私も炭治郎以外と結婚する気は全くないけど結婚式!?なんというかその、色々すっ飛ばしてないか炭治郎…!?

「嫌か?」
「え、嫌では、ない、けど…」
「良かった!出来れば雨の日がいいなぁ」

炭治郎が酷なことを言う。炭治郎は知らないかもしれないけど私は本当に雨が苦手だ。雨が降るとどうしても思い出してしまうから。自分の命よりも大切だった貴方とのお別れの日を。

「雨が降る度に、俺達が永遠に愛を誓い合ったことを思い出そう。もう、雨が嫌いにならないように」

その言葉に炭治郎は私が雨を本当に苦手としていることを知ったのだと悟った。昨夜は熱にうなされたせいか嫌な夢も見てしまったし寝言でも漏らしてしまったのかもしれない。そして、炭治郎はそれを聞いて柄にもなくジューンブライドという単語を調べて私が雨を好きになれるように考えてくれたのだ。

「敵わないなぁ」
「凛?」
「炭治郎が隣にいてくれれば、雨も好きになれそうかな」

そう言うと炭治郎は嬉しそうに目を細めて私のすぐ側に腰を下ろしてキスをしてくれる。暖かい。大好きな炭治郎のぬくもりだ。

あの日から初めて、私は降りしきる雨音を心地良いと思うことが出来たのだった。


お題「鼻が効くようになったらねの二人」「ジューンブライド関係の話」


[ 戻る ]






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -