噂の番犬



俺は今までこんな気持ちを抱いたことがなかったんだ。妹や弟が多かった俺はあまり父さんや母さんに甘えることもしなかったけど、花子や六太。妹や弟が父さんや母さんに甘えてると微笑ましくさえ感じていた。いつの日か母さんに「寂しくないかい?」と聞かれたことがあった。だけど父さんも母さんも俺が寂しいと思う前に優しくしてくれたから、寂しいと思うことがなかったんだ。

だから俺は今、この気持ちを持て余している。

「…………」

凛がある男隊士と楽しそうに話している。俺はあの隊士と同じ任務についたことはないし、ちゃんと話したことはないけれど彼のことは知っている。だって、最近凛とよく楽しそうに話しているから。凛に彼のことを聞いたら「任務の時に仲良くなった人だよ」と嘘偽りのない匂いをさせながら言っていたから、その、変な意味はないのだろう。
だけど彼のほうはそうもいかない。どう見ても凛に好印象を抱いている。匂いを嗅がなくたって分かるくらい、彼は嬉しそうに凛と話しているのだから。

「凛」

居ても立っても居られず俺は彼と凛の話を遮るように凛に声をかけると、凛は俺を見て嬉しそうに顔を綻ばせ、彼はとても迷惑そうに顔を歪めた。

「炭治郎!」
「用事は終わったのか?蝶屋敷できよちゃん達がお茶請けを用意して待ってるって言ってたぞ」
「え、ほんと!嬉しいなぁ」

俺の言葉に凛は幸せそうに顔を綻ばせてくれて、俺に対しても愛しさの匂いをさせている。それが嬉しくて、どこか安心するのと同時に目の前の彼からなんとも言えない匂いがするのを気付かないふりをするしかなかった。

人の話を遮った挙句、まるで彼から凛を奪い取るようにしてしまうのは良くないことだと思う。だけどどうしても凛と彼が楽しげに話してるのを見るのはなんというか…腹のあたりが重くなって…率直に言えば嫌だった。

(…こんなこと初めてだな)

父さんにも母さんにも俺だけを見てほしいなんて思ったことはなかったのに、凛だけにはそう思ってしまう。想いが通じ合ったものの、こんな我儘な俺に愛想を尽かしてしまったらどうしよう…

結局凛と話していた彼は「あー…、じゃあ俺行くわ」と不満を隠しきれない様子だったが、立ち去ってくれたことにやっぱり俺は安堵を覚えていた。


***


「竈門、最近噂になってんぞ?」
「え、噂ですか?」

用事を済ませた後、偶然会った村田さんと昼飯を食べているとそんなことを言われる。俺は鬼である禰豆子と行動をしているため確かに鬼殺隊でも噂されることはあったし、自覚もしていた。だけど初めの頃に比べるとそれも大分落ち着いてきたと思っていたがまだまだ認めてもらうのには程遠いのかもしれないな…

「お前、斎藤の番犬なのか?」
「番犬!?な、なんですかそれは…!」
「いや、斎藤と喋りたくてもいつも竈門が現れるから全然お近付きになれねーってボヤいてる奴がいたから」

その言葉にあの隊士の姿が思い出される。うっ、確かに彼と凛が喋ってると俺はすぐに駆けつけていた。だけど番犬って…!?……いや、待て待て。お近付きになれねー…?

「…凛にお近付きになられるのはその、嫌なので」

俺が凛の交友関係に口を挟んで良いわけがない。だけど、どうしても嫌なんだ。凛の可愛らしい笑顔が彼に向けられてるのを見るとこう腹のあたりがぐわーっ!となるしうわーっ!ってなって苦しくなる。俺はいつからこんな狭心になってしまったんだ…?

「へーえ?」
「な、何ですかその顔は」

にやにやと村田さんがなんだか意味深な笑顔を浮かべて俺を見てくる。

「いや。竈門って何でも他人優先って印象だったけど、やっぱり恋人は譲れないんだな」
「え?」
「斎藤には自分だけを見てほしいんだろ?」

村田さんが俺の心のもやもやを的確に指摘してくる。何で分かったんだ…!?もしかしたら村田さんは俺のこの気持ちが何なのか知っているのかもしれない。俺は自分のよく分からない気持ちがなんなのか村田さんに尋ねてみることにした。
凛が男隊士と話しているのが何故か嫌だとか、こう腹のあたりがもやもやしたり苦しくなったりするとか。村田さんに隠さずに伝えると村田さんはぶはっ、と吹き出した。

「な、何で笑うんですか…!」
「ははっ、悪い悪い。そっか。竈門、斎藤が初恋なんだな」

その言葉に一気に顔に熱が溜まるのが分かる。俺は誰かを好きになるなんてこれが初めてなんだ。それこそ美琴さんに言われるまで自分の気持ちに気付かないほど俺は恋愛に疎かった。気が付けば相手のことを想うなんてこと初めてで、凛の姿を見つけるだけで嬉しい。いつでも側にいてほしいと思ってる。……俺は本当に凛が好きなんだ。

「うわっ、顔真っ赤だぞ!俺まで照れるわ…!」
「す、すみません…!」
「いや、謝らなくていいけどよ…そんな斎藤が大好きな竈門に。最近のお前の気持ちの正体を教えてやろう」

こほん、と村田さんが咳払いを一つする。

「お前のそれはな、ヤキモチだ」


***


この感情の正体を知った俺は今すぐにでも凛に会いたくなって村田さんに「失礼します!」と言ってその場を後にした。凛は今日はあの薬屋に行くと言っていたからそこへ向かおう。会いたくて会いたくて、走り続けると大好きな匂いが近付いてくるのが分かる。そしてその側に彼がいることも嗅ぎ取れてしまった。

「凛!」

予想通り凛はまた彼と話していて、俺は走っていた勢いのまま凛を抱きしめると凛は「え、何!?」ととても驚いているし、目の前の彼はそんな俺を嫌悪すら感じさせる目で見ている。だけど俺は!分かったんだ!

「俺は!ヤキモチを妬いているので!これからも貴方の邪魔をします!」

そう宣言すると彼は引き攣った顔をした後、はぁーと大きな溜息をついた。

「何だよ。今振られたばかりだったのに追い討ちかけんなよな!」
「へ?」
「じゃーな!お幸せに!」

そう言って彼はその場を後にしてしまった。え、振られた?誰が?誰に?

「炭治郎、一回離して?」
「あ、ご、ごめん」

ぎゅう、と抱きしめたままだった凛を解放すると凛は上機嫌に微笑んでいてとても可愛らしい。えっと…

「凛、彼を振ったのか?」
「うん」
「えっと…それは」

俺のことが好きだから?と聞きたかったけれど恥ずかしくて言葉に出来ない。だけど凛はそんな俺の考えをお見通しかのように口を開いた。

「ふふっ。私にはヤキモチを妬いてくれる大好きな恋人がいるからね」

凛があまりにも可愛らしく笑ってそんなことを言うから、俺はまたしても凛を抱きしめてしまう。すると凛も俺の背中に手を回してぎゅう、と抱きしめ返してくれた。──そして仄かに香る彼の匂い。

「…凛」
「なに?」
「もしかして、彼に抱きしめられたか…?」

俺の問いかけに凛がうっ、と声を漏らす。こんなにも凛に彼の匂いがしっかりと付いているんだから間違いないだろう。…凛は彼を振ってくれたのだから何も問題はないが面白くないものは面白くない。彼の匂いを少しでも早く塗り替えようと抱きしめる力を強めると凛は「あはは」と笑う。

「嫌な匂いだった?」
「……うん」
「じゃあ、炭治郎の匂いをいっぱいつけてね」

そう言って凛も俺を抱きしめる力を強くする。なんて愛おしいんだろう。…村田さんに言われたことを思い出す。「番犬」と。確かに凛の匂いが大好きな俺はこの匂いに他の匂いが混ざるのが凄く嫌みたいだ。──俺の匂い以外は。



お題「太陽にあこがれての二人」「炭治郎がヤキモチを妬く話」


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