雨音と共に




雨音が心地良い、なんてあの日から一度も思ったことがない。雨が降ると私は決まってあの夜を思い出す。大好きだった姉が私を庇って鬼に殺されたあの夜を。姉は最後に逃げてって。聞いたこともないような声で叫んでくれたのに私はその場から一歩も動けなくて。目を閉じることもなく絶命していく姉の姿は今でも目に焼き付いて一生忘れることはないだろう。そんな私を助けてくれたのはしのぶ様で、しのぶ様は鬼をあっという間に倒してしまうと声も出せずに泣いていた私を優しく抱きしめてくれた。そして、私と一緒に来ますか?と。しのぶ様の善意に甘えて今は蝶屋敷でお世話になっている。

「凛。顔色が悪いですよ?」

しのぶ様にそう指摘されて私はすかさず笑顔を浮かべた。

「え、そうですか?昨日少し夜更かししちゃったからかな…」

心配しないでください!と笑顔を作るとしのぶ様は少し困った顔をする。しのぶ様にはバレてしまっているのかもしれない。だけど、何も聞かないで「無理をしてはいけませんよ」としのぶ様は優しく笑ってくれた。こんなにも優しいしのぶ様にこれ以上迷惑なんてかけたくなかった。

しのぶ様と別れて廊下から外を見ると、土砂降りの天気に嫌な気持ちになる。ああ、早く晴れると良いな。

「あ、凛!」

気落ちをしていると私の姿を見つけてくれた──竈門炭治郎が嬉しそうにこちらに近寄って来てくれる。
炭治郎は私と同い年の鬼殺隊士で、この蝶屋敷を訪れたのをきっかけにここでお世話になることが多くなった。それこそ寝泊まりもよくするほどだ。最初は鬼を背負っていると聞いて恐怖の対象でしかなかったが、初めて炭治郎と話をした時から私は炭治郎の人柄に惹かれた。優しくて、真っ直ぐな人。背負っている鬼も妹らしく、炭治郎は妹を人間に戻す方法を探していると言っていた。炭治郎の妹さんなら何も怖くないと伝えると炭治郎は本当に優しく笑ってくれたっけ。

「炭治郎。今日は天気が悪いから庭で鍛錬が出来ないね…」
「うん。早く晴れるといいなぁ…って凛。顔色が悪いけど調子が悪いのか?」

うっ。心配そうに顔を覗き込む炭治郎にどう答えようかと悩んでしまう。調子は悪くないと言えば嘘になるが、顔色が悪いのはこの天気のせいだろう。

「大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけ」

結局私は当たり障りのない言葉を選んで笑顔を作る。笑っていればそれ以上詮索してくる人はいないから。

「……そうか。でも本当に無理しちゃ駄目だぞ?」
「それは炭治郎もね」

じゃあ、私は用事があるから。と適当に話を切り上げてその場を後にする。炭治郎にあまり顔色の良くない顔を見られるのも嫌だったから。あーあ、嘘ついちゃったな。と罪悪感を感じながら用事を済ませ、夜になっても雨は止むことはなかった。



雨の日は嫌い。どうしても思い出してしまうから。優しかった姉を。暖かかった日常を。

降りしきる雨音に寝ることなんて出来ず私は音を立てないように縁側へと移動した。ぽろぽろと涙が溢れる。雨は、そして土砂降りの日は駄目なのだ。姉のことをどうしても思い出してしまうから。あの日、あの場所にいなかったら姉は今でも生きていたのかな……

「…凛」

こんな真夜中に名前を呼ばれるなんて予想もしていなかった私はすぐに目元を拭って声の主のほうを振り返った。


***


蝶屋敷で出会った凛という少女はいつも明るく優しい子だった。それこそ善逸や伊之助も懐くほどに。鬼を怖がっているのは匂いで分かっていたけど、俺の背負っているのが妹の禰豆子だと分かると「炭治郎の妹さんなら何も怖くない」と笑顔を向けてくれる本当に優しい子なんだ。
だけどある時、凛から酷く悲しい匂いと涙の匂いを感じることがあった。でも声をかけるといつも通りの凛で、だけど匂いは悲しいままで。その対比が気になって仕方がなかった。そして俺は気付いたんだ。凛は雨が苦手なんじゃないかと。…凛は鬼が怖いと言っていた。そして雨が苦手だということは理由は容易に想像出来た。だけどそれを俺が聞いたところで過去を変えることは出来ない。それならせめて、何か力になれないかと俺は思ったんだ。凛から悲しい匂いがなくなるように…

「…凛」

俺が声をかけると凛は目元を慌てて擦って振り返ってくれる。匂いなんて嗅がなくても涙の跡を残したまま凛はいつも通りの笑顔を浮かべた。

「炭治郎!びっくりした…こんな夜中にどうしたの?」

いつも通り明るく振る舞う凛に心が痛む。泣いてくれてもいいのにと。だけど、それは凛自身が嫌なのだろう。俺達に心配をかけまいと振る舞う凛に泣いて良いと言うのは果たして正解なのだろうか。それに凛は泣きたくて泣いてるわけじゃない。きっと、雨が凛の悲しい気持ちを思い起こさせているんだ。

「ちょっと寝付けなくて。凛も?」
「う、うん…私も」

凛から嘘の匂いがする。言いたくない、と言うことなんだろう。なら俺も凛がいつか話してくれる日まで理由を聞くのはやめよう。

「じゃあ少し話さないか?」
「炭治郎は寝なくて大丈夫なの?」
「俺はいつも鬼殺で夜中に走り回ってるから、こんなの余裕だよ」

そう言うと凛は嬉しそうな匂いをさせて笑ってくれる。そして凛が眠りに落ちるまで俺と凛は本当に他愛のない話を続けるのだった。


***


「あら、今日は機嫌が良いですね。凛」
「え!?そ、そうですか…?」

しのぶ様にそう優しく声をかけられる。今日は朝から土砂降りの雨だというのに前のように憂鬱な気持ちは一切なく、むしろ高揚感すら覚えている。
炭治郎と話したあの日から炭治郎は偶然なのか雨が降ると任務でない限り私の元へと遊びに来てくれるようになった。任務先の話や、家族の話。善逸や伊之助との話…そんな本当にいつも通りの話を炭治郎は雨が降ると必ずしにきてくれるのだ。

「ふふっ。雨の日には王子様が来ますもんね?」
「え!?な、なんですかそれ…」
「あらあら。当事者は気が付かないものなんですね」

しのぶ様は悪戯っぽく笑ってその場を後にした。お、王子様って。もしかしなくても炭治郎のこと…?確かに雨の日には必ず訪れてくれるなんて御伽噺の王子様のようだけど…

「…って、あれ?」

でもどうして炭治郎はこんなにも私の側にいてくれるようになったのだろう。そして私はどうしてこんなにも雨の日を待ち遠しく思うようになったのだろう。あんなにも嫌で仕方がなかった雨が、まるで彼を呼んでくれているようで…

「凛!」
「わ!た、炭治郎…!」

今日も炭治郎は雨音と共に私の元へとやって来てくれる。どうして、と聞いても良いのか。私は何故「どうして」と聞きたいのか。そしてどんな返事を期待しているのか。
芽生え始めた気持ちに、雨音は優しく降り注ぐのだった。



お題「雨が嫌いな夢主」「蝶屋敷の一員」「雨の日に側にいてくれる炭治郎」





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