百年の時間



私は読書なんて趣味じゃないし、活字を追うことも苦手だ。だから、本当にたまたまだったのだ。友達に付き合って柄にもなく図書館でその本を見つけて、手に取るとタイトルは「禰豆子へ」と書かれていた。なんだこれ。本のタイトルというよりは「禰豆子」に向けて書かれたものだろうか。私はこの日生まれて初めて図書館で本を借りることにした。帰宅した私はぼろぼろの「禰豆子へ」と書かれた本を捲って、捲って、捲って……ぼろぼろと涙を流した。これは、「禰豆子」のお兄さんが書かれた日記だった。まるで御伽噺のような目まぐるしい人生録。そして最後まで妹のことを想ってこれを書き残したのだろう。

「……はーー、良い話だった…」

久々に読者なんてしたから少しだけ疲れたな。でも、心暖まる内容だった。私はそのままベッドへと寝っ転がり、スマホで「禰豆子」と検索しながら寝落ちをしたのだった。


「……れ」

体が揺れている。いや、揺さぶられているのだろうか。そんなまさか。私は一人暮らしだ。地震でも起こらない限り体が勝手に揺れることなんてない。

「…てくれ」

それになんだか声みたいなものが聞こえる。まだ夢の中なのかな。たまにあるんだよね。あー夢を見てるなって思うこと。

「起きてくれ!」

はっきりと誰かの声が聞こえて飛び起きるとそこには確かに人がいた。は?

「ああ良かった…起きてくれて」
「え、いや、は?誰ですか貴方。何で人の家にいるんですか!?」

私はその男から距離をとってスマホに110と打ち込んで画面を見せつける。すると男はぽかんとして首を傾げた。

「…?それは?」
「け、警察呼びますよ!」
「警察!?それは困る…!というか、その」

男は私に迫ってくるわけでもなく本気で困った表情を浮かべた。よく見たらなんだか珍しい…まるでコスプレのような格好をしている。学生服?に羽織を纏い…え、刀?やっぱりコスプレサミットでもあったのだろうか。

「ここは…どこなんだ…?」
「……私の、家だけど…」
「え、ここがか…?」

俺の知っている家と違う…とその男はますます困惑した表情を浮かべる。いや、そりゃあ貴方が私の家に入ったのは初めてだからね?というか、初対面だからね!?
オッケー、一回落ち着こう。えっと…記憶喪失とか?だけどなんで私の家に?全く状況が掴めずにいると男はあるものを目にして驚いたように目を見開いた。

「これは、俺の日記?」
「え?」

私が図書館で借りてきた本を手に取って男は不思議そうに首を傾げる。いやいや待て待て。あの本の日付は大正だった。俺の日記なんてことはそれこそファンタジー小説でもない限りありえないだろう。…え、あり得ない、よね?

「ねえ」
「ん?」
「貴方、妹がいる?」

私の言葉に男は少しだけ驚いたような顔をしてああ!と優しく微笑んだ。

「俺には…五人の弟と妹がいたんだが、今は妹が一人だけいるよ。禰豆子っていうんだ」

それは私が借りてきた「禰豆子へ」という書物に書かれたものと全く同じだった。


***


鬼との戦闘を終えた後、妙な光が目に入り足を向けると俺の意識は突然闇に飲み込まれた。意識を失っていたらしく、俺が目を覚ましたのは全く身に覚えのない綺麗な場所だった。この場所にあるもの全てがチカチカとしていて、色んな匂いが混ざって目が回りそうだ。そして、人が眠っていて俺は藁にもすがる思いでその人を起こしたのだった。

「えーっとつまり、貴方は竈門炭治郎くんで、妹は禰豆子で、この本を書いた人で、大正の人間なのね?」
「ああ、そうだ!」
「うんオッケー。全然よく分からないけど、本の内容と一致するから信じるしかないのかなぁ…」

いやこんなラノベみたいなことある?とよく分からない言葉を言いながら彼女はうーん、と唸っている。
斎藤凛と名乗ったこの人は隊服どころか着物すら纏っておらず見たこともない衣服を纏っている。彼女は「今は令和だよ」と教えてくれて信じられないことに俺が過ごしている大正から百年以上も先の時代らしい。全く信じられないが彼女に見せられたすまほ、というものは本当に凄かった。あんな小さな箱の中に人が存在するのだ。他にも色々と見たこともないもの見て、食べたことないものを食べさせてもらい、ここは本当に俺のいた時代とは違うと認めざる負えなかった。

「竈門、あっ。竈門かぁ…」
「俺の名字を知ってるのか?」
「知ってるっていうか。竈門神社ってところがあるんだけど…一年に一回お祭りで行くんだよね。ヒノカミ祭りっていうんだけど──」
「ヒノカミ!?」

俺の言葉に彼女は驚いてしまい、俺はすぐにごめんと謝った。しかしヒノカミという言葉に俺の名字…関係ないと言えるのだろうか。

「ご、ごめん。どんなお祭りなんだ?」
「えっとね。怪我や災いがないようにヒノカミ様に舞いを捧げるんだよ」

それは間違いなく俺の家に代々伝わる風習だった。何故かは分からないけど何百年も先の時代に、俺の生きた証が残されているんだ。

「えっと…凛、さん」
「凛でいいよ」
「じゃあ凛。竈門神社に連れて行ってくれないか?」
「え?こんな夜中に?」
「うん。出来れば早く戻りたいんだ」

俺の背に禰豆子はいない。禰豆子をおいて俺はここに飛ばされてしまったんだ。一秒でも早く帰って禰豆子の安否を確認したい。だけど窓の外は真っ暗で、隊士でもない…いや、この時代がどういう時代かは分からないが女である凛に夜中に案内を頼むなんて非常識であることは分かっていた。それこそ、断られても仕方がないと…

「そっか。禰豆子、心配だもんね」
「え?」
「私はその本を全部読んだからね。炭治郎よりも炭治郎のことが分かってるかもよ?」

あ、炭治郎って呼ばせてもらうね。と言って凛はすぐに身支度をしてくれる。どこかなほちゃん達と似た服を着てよしっ、と俺の方を振り返ってくれた。

「じゃあ行こうか。戻れるといいね、元の時代に」

凛は嫌な顔一つせずに暗闇の中を案内してくれる。全く分からない場所に飛ばされたと理解した時はどうしたらいいか分からなかったけれど、飛ばされた先にいたのが凛で本当に良かった。
俺は自分の強運に感謝しながら凛と一緒に夜中の道を歩くのだった。


***


「ついた…けど」

炭治郎を竈門神社まで案内したものの、今日は祭りの日でもないため神社はしん…と静まり返っている。正直怖い。だけど、炭治郎が戻れる可能性があるなら弱気にもなっていられない。
竈門という名字にヒノカミという言葉に聞き覚えのある炭治郎。何か、手がかりになるものはないだろうか。

「…?」

ふと。神社の奥にある祠が少し光っているのに気付いた。

「炭治郎。あの祠、光ってない?」
「え?」

私の言葉に炭治郎も祠に目を向けるが、不思議そうに首を傾げている。

「いや…光ってないぞ…?」
「え、うそ。光ってるよ」

そう言って二人で祠まで移動する。いや、どう見ても光ってるよ。炭治郎は何で光ってないなんて言うんだろう。その祠に手を伸ばすと──

「え!?」
「凛!?」


突然目が開けられないほどの光に包まれて、次に目を開けた時──

「……へ?」

私はさっきまでとは全く違う森のような場所に立っていた。

「え、なにこれ」
「この匂い…!」

そう言って炭治郎は私を庇うように移動して、腰から刀を抜く。え、それ本物だったんですか。

「水の呼吸 壱の型──!」

そしてまるで猛獣のように襲ってきた何かを一瞬のうちに斬ってしまった。え、なにこれ。

「やっぱり…!鬼にこの匂いに…ここは、俺のいた時代だ!」
「……まじ?」

ということは炭治郎は無事大正時代に帰れたということか。鬼、というのは日記に書かれていた炭治郎の戦う相手のことで…刀……呼吸……ああ、あれ。本当にノンフィクションの炭治郎の日記だったんだ…?

「って、いやいやいや!?え!?私、私は令和の人間だよ!?」
「そ、そうだよな…!?」
「す、スマホスマホ!」

そう言ってスマホを取り出すものの、電源が入らない。ただの四角いゴミと化したそれにサッと血の気が引く。え、まじ?

「ご、ごめん…!俺のせいで凛を巻き込んで……」
「いや、炭治郎が元の時代に戻れたのは私も嬉しいけど…」

だけど、私は炭治郎みたいに所縁のある名字や舞いなんてないし、どうやったら元の時代に戻れるかなんて皆目検討がつかない。え、詰んでないかこれ。

「凛!」

炭治郎が真剣な顔で私の両肩を掴んでくる。なに、痛い痛い。今はパニックなんだからもう少し優しくしてほしいんですけど…!

「この時代にいる限り、凛は俺が絶対に守るから!」
「へ!?」
「だから、一緒に帰る方法を探そう!」

こうして大正の炭治郎と令和の私という奇妙な組み合わせは瞬く間に炭治郎の所属する「鬼殺隊」という組織に広がるのであった…


「動画が見たいよぉ……」
「俺で我慢してくれ!」
「いや、違う、そうじゃない」



お題「炭治郎夢」「逆トリからのトリップ」


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