「それって逢引きじゃない?」
「逢引き?」

午前の訓練を終え、アオイにこの後善逸と約束をしていることを話すと少し高揚した様子でアオイが言ってくる。

「だって、午後は一緒に過ごしたいって…訓練ではないんでしょう?」
「うん、多分」
「じゃあ、逢引きの可能性が高いわよ!…凛!」

へ?と首を傾げるとアオイに腕を引っ張られて部屋へと連れて行かれる。なんだと言うのだ。
アオイはすぐに私の髪を櫛で解いて、「隊服のままなんて勿体ない」と言ってアオイのお勧めである着物を貸してもらうことになった。髪も綺麗にアオイが結ってくれたおかげで姿見に写る私はどこからどう見ても普通の女の子に見えて、それが酷く滑稽だった。

「頑張ってね!凛!」

笑顔で善逸との待ち合わせ場所に向かう私を送り出してくれるアオイを見て、私はもし「そういうこと」になったら着物を汚さないように気をつけないと。そんなことしか考えていなかった。


***


俺は今、待ち合わせ場所で凛を待っている。昨日あんな話をしてしまった凛。乗り気だったようにも見えなかったし、凛の音はいつも通りつまらなさそうなどこか諦めた音がしていた。

「…来てくれるかなぁ」

女の子を誘ってすっぽかされたことなんて正直数え切れないほどある。ごめんねえ、用事が出来ちゃって。と嘘の音を鳴らせながら優しい笑顔で言う人間がいることを俺は知っている。
だから凛が来なかったとしても、そういうこともあるから仕方がないと思えるけど…だけど、凛にだけはすっぽかされたくないな。なんて思ってる俺もいて…

「善逸」
「え?」

あまりにも深く考えてしまっていたのか、声をかけられるまで全く気が付かなかった。俺の名前を呼んだのはまさに俺の頭の中を占めていた凛であって──

「……ええぇええ!?」

いつもの隊服ではなく、可愛らしい着物に可愛らしく結われた髪をした鬼殺隊士ではなく町娘のように愛らしい凛の姿があった。

「うるさ!そんなに似合ってない?」
「はぁ!?似合いすぎてますからね!?天女が舞い降りたかと思ったよ!?凛はねぇ!もっと自分の可愛さというか魅力に気付いた方が──!」

と、ここまで息継ぎなしで言葉を発してふと我に帰る。凛のあまりにも可愛らしい姿に圧倒されたが、それ以前に凛は約束通り来てくれた。それだけでも嬉しいのに、こんなに可愛い子と俺は今から出かけるの?本気?死なない?刺されない俺?

「善逸?」

俺の顔を覗き込むようにして凛が俺の名前を呼ぶ。凛の音は至って正常なのに、自分の音がうるさいくらいで、情けない…!

「凛…来てくれて、ありがとね」
「約束したからね」

そう。凛は多分、約束さえしてしまえば嫌なことでも受け入れてしまう。だから俺は…

「……じゃあ、行きますか!」

そう言って昨夜寝ずに考えたお出かけ計画を実行するのだった。


***


「凛!ほら見て、ここは紅葉が綺麗なんだよ!」
「うわぁ、本当…」

町一番の紅葉が綺麗な場所へ足を運ぶと凛は嬉しそうにその風景を眺めてくれる。風が少し吹いて乱れそうになる髪を耳にかける姿があまりにも綺麗で。俺は紅葉よりも凛の姿に目を奪われていると、凛は俺の視線に気付いたようで目を合わせて微笑んでくれる。
言葉は何もない。だけど、凛の音がいつもより少しだけ優しい音を鳴らしている気がして。俺も凛も暫く何も口にせずその風景の中を歩くのだった。


「ここの甘味、美味しいんだよ!ちょっとお高いんだけどさ、俺の一番のおすすめ!」

次に凛を連れ行ったのは俺の一番好きな甘味処。ここの甘味は本当に美味しくて、そしてお高い。だけど値段に見合っただけの満足感を味合わせてくれるおすすめの店なんだ。

「んっ、美味しい…!」
「でしょでしょ!俺のも食べてみて!」

そう言って甘味を差し出すと凛は嬉しそうに笑ってその甘味も頬張ってくれる。嬉しいな、楽しいな。凛はどう思ってくれてるかな。
ちょっとだけ緊張して凛の顔を覗き込むと凛はやっぱり凄く優しい表情で、いつもよりも優しい音を鳴らしてくれていて。たったそれだけなのに、少しだけ泣きそうになってしまった。


午後からのお出かけだったため、もう日も落ち始めている。楽しい時間はあっという間に過ぎるっていうのは本当なんだな。俺達は橋の上で水の流れを見ながら他愛もない話をして、少し沈黙があって。そんなことを繰り返しながら今日という日の終わりを満喫していた。
俺は懐に忍ばせておいたそれを手に取って凛へと差し出す。

「これ、えっと…髪留めなんだけどさ!凛に似合いそうだと思って…」
「私に?ありがとう善逸」

凛は髪留めをすんなりと受け取ってくれた。それが嬉しくて顔を綻ばせると凛はそんな俺を見て優しく微笑んでくれる。
良かった。今日、凛から嫌な音は聞こえて来なかった。少しは楽しんでもらえたかな。

「凛、今日は本当にありがとう!俺はすっごく楽しかったけど…凛はその、楽しかった…?」

俺の言葉に凛は今日初めて驚いたような、信じられないといった表情を浮かべた。

「え?しないの?」

凛の言葉の意味が分からなくて少しだけ頭を悩ませた後、昨夜の凛の姿を思い出して俺は慌てて首を横に振った。

「し、しないよ!凛はどうしてすぐにそういう話に持っていくんだ…」
「だって、男にそれ以外で求められたことなんてなかったから」

凛の音には何の曇りもない。それは、口にしたことが事実だから…

「善逸は今日いっぱい私に良くしてくれたから、お礼しなきゃなって思ってたのに」
「俺は!俺は…そういうこと目当てじゃなくて、ただ、凛に楽しんでほしくて…」

ぽろ、と涙が零れる。馬鹿、泣くな。
だけど悔しくて仕方がなかった。俺は凛の笑顔が見たくて、楽しんでほしくて。それだけを胸に今日を過ごしたけど、きっと凛にとっては「見返りを求める行動」だったのだろう。
そんな風に取られてしまったことも、そんな風にしか考えられない凛も。全部が悲しかった。

「…ごめん、ごめんね。善逸」

凛が酷く申し訳なさそうな音を鳴らしながら、眉を下げて笑顔を作っていた。全てを諦めているような笑顔。俺は凛のその笑顔が──嫌いだ。

「本当のことを言うとね、ちゃんと楽しかったよ。善逸とのお出かけは。だけど私には善逸がどうしてこんなに良くしてくれるのか。どうして昨日、私がしていたことを知っていてそれを強要してこないのか。分からなくて、ちょっと混乱してたってのが本音」

凛は今まで、見返りなしに良くしてもらったことがないのが今の言葉で分かった。
嫌でも体を開き、迫られれば断ることもしない。何が凛をそういう風にしてしまったのか。

「凛は…どうしてあんなことをするようになったの?」
「あんなこと?」
「その…好きでもない人と…」

ああ、と凛が頷く。

「聞きたい?」
「……凛が嫌じゃなければ」
「いいよ別に。本当のことだし」

そして凛は話してくれた。
今の斎藤凛がどうして出来上がってしまったのかを。


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