あの日俺と出会った斎藤凛。
彼女の音はとても不思議だった。人間の音は素直なんだ。例えば炭治郎からは泣きたくなるような優しい音がするし、伊之助からは揺るぎない真っ直ぐな音が聴こえてくる。俺はこの耳があまり好きじゃない。だって、知りたくもない人の本質を聴きとってしまうから。
だけど俺は俺の信じたいものを信じようって。耳よりも心を信じようって思ってるんだ。

「あ、善逸みっけ。甘味食べに行こうよ」
「えぇ…凛は俺に嫌いなもの食べさせようとするからなぁ…」
「あはは!だって善逸の反応が面白いから」

あの日、不思議な音を鳴らしていた凛。そんな凛にあの日から何故か俺はとても気に入られたらしく、凛は毎日のように蝶屋敷に訪れては俺に構ってくる。
俺と一緒にいる時の凛からは楽しそうな音がしていて、この子もこんな音が鳴らせるんだと思うと誘いを断ることが出来なかった。

「善逸。甘い団子と苦い団子、どっちがいい?」
「甘いの一択ですけどぉ!?」
「あはは!面白〜」

そう言ってはい、と差し出された団子を恐る恐る口に入れるとちゃんと甘くて美味しくてほっとする。凛は本当に不味いものでも美味しいよ、と渡してくるからタチが悪い。
そう、凛からはいつも嘘のない音がしているんだ。それこそあの任務の日、仲間を何とも思ってないと言い捨て、男鬼が嫌いだと言った時も嘘の音は微塵にもさせていなかった。
嘘を吐かない、と言えば聞こえはいいのかもしれないが凛は嘘を吐く気がない、と言う方が正しいのかもしれない。まるでそれは…

「凛はさぁ、俺といて楽しいの?」
「楽しいよ?善逸は人間って感じがするからね」
「へ?何それ」
「笑って泣いて拗ねて、見てて飽きない」

そう言って凛が笑う。
あ、違和感の正体が分かった。凛は初めて会ったあの日から今この瞬間までずっとにこにこと笑っている。それこそ仲間の隊士の遺体を見た時でも優しい笑みは崩さなかったし、鬼を斬る時も同じ表情をしていた。
俺は凛の怒ったところも泣いたところも見たことがない。いやまあ、まだ出会ってそんなに経っていないのに笑って泣いて拗ねる俺のほうが希少なのかもしれないけど…

「凛は泣いたり怒ったりしないの?」
「しないよ?」
「いやいや嘘でしょ!俺なんて毎日のようにしてるよ!?」
「だって、無駄だから」

人好きする笑顔で凛が言う。音に乱れはないのにそれが酷く悲しく見えた。

「無駄…?それって」

「あ、いたいた。斎藤〜」

凛のことを探していたのだろうか。男隊士が凛の元へと歩いてくる。凛はそんな彼を見て「あーあ」と呟く。

「探したんだぞ?お前がいないと困るんだよ〜」

酷い音だ。凛に対して欲情した音を隠さずに近寄ってくる隊士から凛を隠すように前へ出ると隊士はあからさまに不機嫌そうな顔をする。

「何?お前が先なわけ?」
「は?何言って…」
「あー善逸!ごめんごめん、私この人と約束してたこと忘れてた」

俺の後ろから立ち上がって凛は隊士の元へと向かおうとするのでその手を掴んで引き止める。だって、そいつからは本当に良くない音がしてるんだよ。ついて行ったらきっと…

「善逸、言ったでしょ?」

凛が変わらない笑顔を俺に向ける。

「無駄なんだって」


凛からはいつも嘘のない音がしている。嘘を吐くつもりもない音。
それはまるで、全てを諦めているような音だった。


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