地獄というものがあるというのなら、それはあの日々のことを指すのだろう。


チュン太郎が持ってきた任務に従って俺は嫌だ行きたくないとごねて、炭治郎に大丈夫だと鼓舞され伊之助にうるせえ弱味噌が!と蹴られていつも通り任務先へと向かっていた。
いや、本当に怖いのよ?俺は強くないしさぁ、炭治郎や伊之助が同じ任務なら良いけど単独任務なんて言い渡された日には死を覚悟するからね!?

「今回は単独任務とは書いてないけど…」

誰か一緒に戦ってくれるのかな。強そうな人だったらもう俺いらなくない?帰っちゃダメ?

「チュンっ!」
「いたたた!チュン太郎!なんだよー!」

考えが顔に出ていたのか、チュン太郎はそんな俺を叱咤するように突いてくる。
だってさあ!怖いんだよ!わかる!?俺は今すぐにでも蝶屋敷に戻って禰豆子ちゃんに膝枕してもらいたいの!してもらったことないけど!

そんなことを考えながら足を進めると、雑木林の前に立つ隊士の姿が見えた。この先に鬼はいる。だって鬼の音が聞こえるのだから間違いない。

「あれ、同じ任務の人?」

その隊士は気配で俺に気付くと柔らかい笑みを浮かべて振り向いてくれた。
隊士は女の子で、町娘のように可愛らしく笑っている。でもなんだか音が……

「私、斎藤凛です。この先にいる鬼を斬るよう任務が来てるんだけど…あなたも?」
「あ、お、俺は我妻善逸…俺も任務が来てるんだけど…」

尻すぼみになっていく俺の声に凛と名乗った女の子は不思議そうに首を傾げる。
え、嘘じゃない?なんでそんなに落ち着いてるの?俺とそんなに歳も変わらなさそうだよね?この先に鬼がいるんだよ?分かってる?あ、無理無理──

「ここここ、怖くないの?」
「え?」
「この先には鬼がいるよ…しかも結構強そうな…」

俺の耳には強そうな鬼の音が届いていた。
もしかしたらこの子は鬼が本当にこの先にいるなんて思ってなかったのかもしれない。だからあんなにも落ち着いていたんだろう。そうに決まってる、と信じる俺に凛は不思議そうに口を開いた。

「善逸は怖いの?」
「え!?こ、怖いよ…!」
「ふーん。じゃあ私が鬼を斬ってくるから善逸はここで待ってていいよ」
「え」

いってきまーす、と凛は手を振って走り出してしまう。
え、嘘すぎでしょ?そう思っている間にも凛の姿はどんどん遠ざかってしまう。
俺に失望した音もさせず、凛は本当に「待ってていよ」と俺を残していったのだ。

「ま、待ってよ…!お、俺も行くよ!」

鬼は怖い。だけど、女の子を一人で危ないところへ向かわせるのはもっと嫌だった。俺が凛に追い付くと凛はやっぱり失望した音なんて出さずに「あれ、来たの?」と思ったままの言葉を口にした。


「え、こ、これ……」

禍々しい音を辿って着いた先には四人の仲間がいた。だけどもう、彼らは……

「死んでるね。それに、まだ血が乾き切ってないから鬼が近くにいるんじゃないかな」

凛からは全く恐怖の音がしていない。まるで日常会話をするように語る凛に恐ろしさすら感じる。怖くて堪らない俺はいつものように涙をぼろぼろと流して「助けられなくてごめんなさい…」と亡くなってしまった仲間達の目を閉じさせた。

「ふーん」
「え、何…?」
「綺麗な涙を流すんだなって思って」

え?何言ってるのこの子?
疑問を口にする前に、恐ろしい音が聴こえてすぐに目をやると俺達と同じくらいの歳の男の子が怯えたように身を縮こませて体を震わせている。

「ひっ…!こ、殺さないで…!」

……俺には分かってしまう。とても上手く化けているけどこの子が「鬼」であることが。だって、人と鬼では音が全然違うから。それに、こんな歪な音…余程多くの人を殺していなければ鳴らせない。きっとこの鬼はこうやって油断させて沢山の人を殺してきたのだろう。

「……凛、」
「やっぱり鬼?」
「うん…」
「そっか。じゃあ私がやるよ」

そう言って凛は刀を抜いて構える。そこには怒りも悲しみも、何の音もしていない。本当に凛は息を吸うように目の前の鬼を殺そうとしていた。それは、まるでどちらが鬼なのか分からない光景で…

「……お、俺を殺すの…?」
「殺すよ?」
「そ、そいつらが先に襲ってきたんだ!お、俺は怖くて…」

ああ、嘘の音がしてる。
あの鬼は嘘を吐いている。ああやって動揺させた隙に人を殺してきたのが手に取る様に分かる。でも、俺もこの耳がなかったら信じていてしまったかもしれない。それほど、この鬼の演技は上手い。

「ああ、あはは。いいよ、そういうのはどうでも」
「え?」
「私は別にこの人達のことなんて何とも思ってないし、怒ってるわけでもないよ。ただ、」

そう言って凛は一気に鬼に間合いを詰める。鬼はぎょっとしたように身を守るけどそれは遅く、凛の刀は簡単に鬼の頚を斬り落とした。

「私、男鬼が嫌いだからさ。これはただの八つ当たり。何を言われても殺すから」


目の前の彼女は変わらない音をさせたまま、優しい笑顔で笑っていた。



[ 2/14 ]





×