凛に勉強を教えてもらってから俺の成績はどんどん上がっていった。
純粋に凛の教え方が上手いのだ。分かりやすく、そして解けると褒めてくれる凛に俺は勉強方法も、凛に対しても完璧にハマっていたのだ。

今日も向かい合って凛は解き方を教えてくれると、じゃあこの問題を解いてみてね。と俺に問題集を差し出してきた。
……俺はちゃんと勉強をしている。だけど、目の前には好きな人がいるのだ。
凛からはいつも良い匂いがする。あまりじっくり見たことはなかったけどその、胸もやっぱり同学年の女子と比べると大きいと思うし、その誰よりも凛は可愛らしい。伏せ目がちに参考書を見る表情は色っぽくて、俺からすると短めのスカートから見える生足は理性が利かなくなりそうなので本当に勘弁してほしい。

「どしたの?分からないところでもあった?」
「え!いや、だ、大丈夫…」

俺の目線に気付いた凛は、俺が問題に苦戦してると思って優しく声をかけてくれる。
そんな優しいところも本当に好きで、…凛のことを好きだと再確認する度に愛しくて切なくなる。
多分…いや、絶対凛は俺のことを「男」としてはみていないと痛感してるから。


***


「うん!良い感じだね!」
「凛の教え方がいいおかげだよ」
「炭治郎の覚えがいいんだよ」

そう言って私は炭治郎と笑い合う。
今日は問題集からかき集めた問題で小テストのようなものを作ったのだけど、今の炭治郎にかかれば余裕だったようだ。
炭治郎は本当に飲み込みが早い。私が教えたことをすぐに理解して問題を解いてしまう。
成績が下がっていたなんて信じられないけど、今までは勉強をする時間がちゃんと取れていなかっただけだろう。助けになれて嬉しいな。

「凛ちゃん、いつもありがとう。これ、良かったら持って帰って」
「え!良いんですか…!こちらこそいつもありがとうございます!」

そう言って炭治郎のお母さんに渡されたのは竈門ベーカリーのパンの詰め合わせだ。
バイト代なんてそんな大層なものは受け取れないと言うと、せめてこれをと水曜日は沢山のパンを渡されるようになった。竈門ベーカリーのパンは大好きなので嬉しすぎるご褒美だ。

「大分暗くなってしまってるけど大丈夫かい?良かったら私が送って…」

炭治郎のお母さんが言うように最近はだんだん日が落ちるのが早くなっていて、今までと同じ時間でも辺りは大分薄暗くなっていた。でもまあ、大丈夫だろう。

「大丈夫ですよ!駅まではそんな遠くないし、一人で」
「俺が送って行くよ!」

炭治郎が私達の会話に割り込んで声を上げる。
炭治郎のお母さんも「それがいい」と言うけれど炭治郎だってまだ中学ニ年生だ。それこそ私を送った帰り道に何かあったらと思うと心配でしかない。

「じゃあ炭治郎、凛ちゃんをしっかり送っていくんだよ」
「うん、任せてくれ」

そう言って炭治郎のお母さんは部屋を出て行ってしまったけど、いやいや待て待て。

「炭治郎、私は一人で大丈夫だよ?」
「…凛、俺はもう、凛より背が高くなったよ」

その言葉に「へ?」と声を出すけれど、炭治郎は私の返事なんて待たずに上着を着てしまう。
…そういえば昔、同じようなことがあった気がする。炭治郎が送る、と言って私が断ったのだ。あの時確かに私は炭治郎に「おチビさん」と言ったような気がする。
もしかして、炭治郎ずっと気にしてたの?

「ふふ」
「ど、どうしんだ凛」
「可愛いなぁ、炭治郎」

本当に可愛らしい。そう思って口にすると炭治郎は耳まで真っ赤に染めて、少しむすっと口を尖らせる。

「……凛のほうが、ずっと可愛い」
「…へ?」

炭治郎があまりにも顔を真っ赤にして変なことを言うから私まで恥ずかしくなってしまう。
どこか気まずい雰囲気をさせながらも、駅まで向かっている最中にはそんな雰囲気も消え、いつも通りの会話をしながら私達は足を進めた。

ちらり、と横を見ると私より背が高くなった炭治郎の姿が目に入る。中学ニ年生か。彼女とかそろそろ出来ちゃったりするのかな。
そう考えるとちょっとだけお腹の辺りが苦しくなった。お腹が減ったのかな?

「炭治郎、彼女とか出来た?」
「え!?で、出来てないぞ…」
「あ、そうなんだ」

その返事にどこかホッとする自分がいる。
炭治郎に彼女が出来てしまったら、今みたいに炭治郎と会えなくなるのかなとは実はよく考えていたから。
毎週水曜日と土曜日。私と炭治郎は余程のことがない限り必ず会っていた。
いつかこの関係にも終わりがくるのだろう。今はただ、心地いい炭治郎の隣を独り占め出来ていることに感謝しなければいけない。

「凛は…彼氏とか、いるのか…?」
「残念ながら、いません!」

そう言うと炭治郎はとても嬉しそうに顔を綻ばせる。弟みたいに可愛い炭治郎。本当に姉弟だったらずっとこうやって仲良しでいられるのになぁ。

いつか炭治郎と離れ離れになってしまう未来に寂しさを覚えながらも、今は隣で笑ってくれる炭治郎を堪能しようと思うのだった。



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