最近喉の調子があまり良くない。体の節々も痛いし、体調が悪いのだろうか。
だけど土曜日になるとそんな気持ちも吹っ飛んでしまう。一週間のうちで一番好きな土曜日。今日も彼女は俺のところへやってくる。

「炭治郎、パン焼けてるー?」
「凛!勿論、焼き立てだぞ」

俺がそう言うと凛はやったぁ!と可愛らしく笑う。
俺は中学ニ年生になり、凛は高校ニ年生になった。ただそれだけで、俺達の関係は何も変わらずにいた。関係は、何も変わらずに。

「あれ?炭治郎、風邪でも引いた?」
「え?そんなことないと思うけど…」
「あ!分かった、声変わりでしょ!炭治郎もどんどん大人の男の子になっちゃうんだなー」

そう言いながら笑う凛はとても可愛らしい。俺が大人の男に近付くと言うのなら、凛は間違いなく年々女らしくなっていた。

「身長もいつの間にか抜かれちゃったし…あんなに小さくて可愛かったのになぁ」
「もうおチビさんとは呼ばせないぞ?」
「あはは!呼びませんよー!」

最初の頃は凛の方が俺よりも背が高かったが、凛は小柄な方で俺が中学に上がるとすぐに身長を抜かしてしまった。それがますます凛を「女」として認識させる。
俺達の関係は何も変わっていない。だけどお互い、どんどん女と男になっていく。いつまでこの関係を続けられるだろう。もし、凛に彼氏が出来てしまったら俺は…。いつからか、俺はそんなことばかりを考えるようになっていた。


***


「え?成績が落ちてるの?」
「うっ…実は…そうなんだ…」

炭治郎は今、中学二年生だ。来年は受験を控えている。この時期に成績が落ちるのはあまり良くないだろう。
実家であるパン屋の手伝いをして、下の子達の面倒も見ている炭治郎。時間が足りないのは容易に想像がつく。こんなにも頑張り屋な炭治郎が希望の高校に行けなかったら可哀想だ。…そうだ!

「じゃあ、私が勉強見てあげようか?」
「え!?」
「一応これでも成績は悪くないんだよ〜」

受験勉強も頑張ったし、中学生の勉強なら教えてあげれるだろう。それで炭治郎の助けに少しでもなれるのなら願ったり叶ったりだ。

「土曜日は炭治郎、お店が忙しそうだから…どこか週一回、良かったら勉強を教えにくるけど」
「え、い、いいのか…?」
「いいよ?」

炭治郎はそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせるから私まで嬉しくなってしまう。背が大きくなって声が低くなっても炭治郎は炭治郎のままだ。本当に可愛らしい。
炭治郎は水曜日なら真っ直ぐ家に帰ってきて、家の手伝いもしなくても大丈夫だというので私は水曜日に炭治郎の家で勉強を教えることとなったのだった。


***


奇跡のような出来事が起こった。
俺は中学ニ年になってから徐々に成績が落ちてしまってどうしたものかと悩んでいた。家の手伝いを蔑ろにもしたくないし、母さんや父さんが店番の時は弟や妹の面倒も見なければならない。
必然的に予習をする時間が取れず、授業に置いていかれがちだったのだ。
そんな俺に凛が「勉強を見ようか」と提案してくれたのだ。
勉強を凛に見てもらえるのはとても有難い。だけどそれ以上に、俺は週にニ日も凛を独り占め出来ることになった事実に喜ばずにはいられなかった。
凛はこれから水曜日と土曜日に俺の家に来てくれる。そう考えると今までは金曜日だけだったのに、火曜日も楽しみで寝付きが悪くなるほどだった。

「お邪魔しまーす!」
「凛ちゃん!炭治郎の勉強を見てくれるんだって?しかも毎週なんて…ただじゃ申し訳ないから、バイト代でも…」
「いやいや!私が好きでやってるので本当に気にしないでください!炭治郎との遊びの延長みたいなものですよ」

申し訳なさそうにする母さんに凛はいつものように笑顔でそう言ってくれる。そんな凛の姿に安心したのか母さんは「じゃあ、よろしくね。炭治郎、頑張るんだよ」と言って店番へと戻って行った。

凛が、俺は部屋に入る。
き、汚くないかな。昨日頑張って掃除したんだけど、どこかおかしくないだろうか。
緊張する俺と同じく、凛もどこか緊張した様子でもじもじとしている。

「凛?」
「私、男の子の部屋入ったの初めて」

ちょっと緊張しちゃった、なんてとんでもなく可愛らしいことを言う凛に言葉を失ってしまう。
いつも土曜日は私服で来ていてくれたけど、今日は水曜日だ。凛も学校帰りにそのまま寄ってくれているのだろう。可愛らしい高校の制服に身を包んだ凛にごくり、と喉を鳴らしてしまう。

「凛、その…」
「さ!炭治郎、勉強やるよ!どの教科からやる?」

俺の甘い気持ちなど吹き飛ばすように凛がいつも通りの調子で机を挟んで向かい合うように腰を下ろす。すると、凛が何かに気付いたように壁へと目を向ける。

「え!あれって…私が書いたやつ?」
「え?あ…っ!」

凛の目線に先には昔凛がくれた「かまどベーカリー」と書いてある紙が貼ってある。俺の最初の宝物で、いつでも目に入る場所にと思い壁に貼っていたのだけど、本人に見られてしまうとは…!

「うわー懐かしい!あははっ、なんで貼ってあるの?」
「えっと…お気に入りで」
「そうなの?…あ、これも私のあげたやつだ」

俺はあまり物欲がなくて自分からあれがほしい、これがほしいと強請ることはなかった。だからこの部屋には毎年、誕生日やクリスマスにプレゼントをくれる凛からの贈り物が至る所に置かれていて…

「あ、えっと…こ、これは…」
「炭治郎、物持ち良いんだね?あげて良かったー!」

凛は嬉しそうに笑うけど、それは合ってもいるし、少し違ってもいる。俺は確かに物持ちが良いほうだと思う。それこそ小学三年生の時に凛から貰ったキッチンミトンは今でも愛用している。でもそれは、凛から貰ったものだから。凛からの贈り物はずっと大切にしたいんだ。…なんて、凛には伝わってないんだろうな。

「ごめんごめん、話が逸れちゃったね。今度こそ勉強しよっか?」
「…うん、よろしく!凛」


この日から、俺の勉強はそれはもう捗ることとなる。
だって、凛に褒めてほしかったから。


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