「ごめん!私土曜は用事あるから」

そう言って凛は友人からの誘いを断る。その友人もさして気にしてはないようで「そっかー、んじゃまた今度ね」と軽く返事をしてその場を去った。
凛とは小中と同じ学校で所謂幼馴染というやつだ。さっぱりとした性格で話しやすい凛には友人も多く俺もその中の一人で。この日もなんとなく興味本位で声をかけた。

「凛、土曜日って習い事か何かしてるのか?」

なんとなくだけど、凛は土曜日の誘いを断っているイメージが強かったから。習い事とか塾とか。そういうものに通ってるのかなと、なんとなく声をかけると凛はああ、と口を開く。

「去年までは習字を習ってたんだけど、今年は受験もあるし辞めちゃった」
「なるほど、だから土曜は予定が…って辞めたのに用事があるのか?」
「うん。美味しいパン屋さんがあってさ、土曜はいつも通ってるの。そこの店員さんがいい子で可愛くて気付けば常連になっちゃった」
「へー、パン屋かぁ」

俺もパンは好きだけど、土曜にいつも通うほど美味しいパン屋というのは気になる。店員が可愛い子っていうのはその、…いやまあ、凛とはこうやって何も気にせずに話せるが去年くらいから俺は女子と話すがかなり苦手になってしまった。兄ちゃんにこっそり相談すると「思春期だからなァ…」と生暖かい笑顔を向けられちょっと気まずかったのを思い出す。

「玄弥も今度の土曜日一緒に行く?」

そう誘われて、店員さんが可愛い「女子」だったとしても凛が一緒ならなんとかなるだろう。それに俺も美味しいパンというのには惹かれたため凛の誘いを受けることにした。


***


そして土曜日。
まず俺は勘違いしていたことを痛感した。凛は確かに「いい子で可愛い」とは言っていたが一言も「女子」とは言っていなかった。

「炭治郎、今日は友達も連れてきたよ!」
「凛!……え!?あ、…いらっしゃい…ませ…」

炭治郎と呼ばれた少年は俺達よりも年下で背も凛と同じくらいの店員で凛に名前を呼ばれると嬉しそうな顔をさせたのに俺を見るなりその表情を引き攣らせる。

「竈門ベーカリーのパンは美味しいから、食べてほしくて誘っちゃった」
「あ、そ、そうなんだ…そっか、ありがとう…」

いや店員、どう考えても接客するテンションじゃないんだが。
凛を見つめる目は嬉しそうでそわそわしているけど、俺の方をちらっと見るときの目は焦っているというか気になっているというか。……いやこれ、あの店員凛のこと好きなんじゃないのか?
一方凛はというと、

「あ、クリームパン!このちょっと大きいの炭治郎が焼いたんでしょ?」
「! どうして分かるんだ?」
「分かるよー、私は炭治郎専用のお得意様なんだからね」

なんてどう聞いても店員が喜ぶようなことを信じられないことに何も考えずに言っている。
案の定、店員の少年は顔をこれでもかってくらい綻ばせて喜んでいるし、男にこういう表現を使うのは間違っているかもしれないけどその姿は可愛らしい。まるで弟達を見ているような気になって応援したくなってしまう。
そんなことを考えているとバチっと店員と目が合う。店員は少しだけ寂しそうな顔をして俺に会釈をした。
……いや、滅茶苦茶気まずいんだが!?

「玄弥、どのパンにするか決めた?」
「え!?あ、お、俺は……これにしようかな…」

そう言ってトレーにパンを三つほど乗せる。パンには何の罪もない。美味しそうなパンを選びレジへ行くと店員の少年がちらちらと俺を見ながらお会計をしてくれる。……い、居た堪れない…

「こちらで、召し上がりですか…?」
「え?えっと俺は…」
「玄弥こっちこっち!炭治郎と一緒に食べよー!」

凛は既に会計済みでテーブルにトレーを置いて俺と店員に手を振ってくる。まじか。

「えっと、凛と…お友達なんです、よね」

店員が聞きにくそうに、だけどどうしても気になると言わんばかりに俺に聞いてくる。
うん。好きなんじゃないのか?なんて曖昧じゃなく、間違いなくこの店員は凛のことが好きだ。そしてあいつはそれに気付いていない。ならばとにかく、この少年にこれ以上不安を与えないよう俺は凛に聞こえないようにこっそりと少年に耳打ちをした。

「俺と凛はただの友達で、付き合ってるとかそういうんじゃ全くないからな」

そう言うと少年はぱぁ、と嬉しそうな表情を浮かべる。…なるほど、確かに可愛い。これは応援したくなってしまうな。

「す、すみません。俺…感じ悪かったですよね」
「いや?好きな女子と知らない男子が一緒にいたらそりゃ嫌だろ…」
「すっ…!?え、なんで……!?」

少年が顔を真っ赤にして持っていたトングを床に落としてしまう。すみません、と言って新しいトングに持ち直すけどもう耳まで真っ赤にしてしまっている。いや、一目瞭然ですけど。何故凛は気付かないのか…

「凛さ、良い奴なんだけどあの通り鈍いんだよ。だからその…頑張れよ…!」

俺がそう言うと少年が顔を赤くしたまま困ったように笑う。その表情には凛のことを想う気持ちが滲み出ていて、見ているこっちが照れてしまう。

「あの……俺、竈門炭治郎っていいます。炭治郎って呼んでください」
「俺は不死川玄弥。玄弥でいいぜ」

お互い自己紹介をした後、俺達は凛が待つテーブルへと向かう。炭治郎は凛がくる時間に休憩を取るらしく、毎週土曜日は楽しみで仕方がないと言った。
初対面だというのに炭治郎は気さくで、凛はいつも通りで話が弾む。炭治郎はどうやら俺達より三つ歳下で来年中学に上がるそうだ。俺達は来年高校に上がる。たった三つだけれど中高が被ることは絶対にない微妙な年齢差だった。

「炭治郎、来年からは中学生になるもんね」
「…凛と玄弥は、高校生になるんだな」
「炭治郎よりおねーさんですから。勉強分からなかったら教えてあげるね」
「お前、そんなに成績良かったか?」
「失礼な!…平均だよ」

そんな他愛のない話をしてる間、炭治郎はやっぱり凛のことをずっと愛おしげに見つめていた。



俺と凛はお土産にと持ち帰りでパンを買って帰ることにした。炭治郎は店の外まで出てきてくれて元気に手を振ってくれる。俺も凛もそれに応えるように手を振ると炭治郎は人好きする笑顔を俺達に向けてくれた。

「ね?炭治郎いい子だったでしょ」

凛が自分のことのように満足気に言う。
確かに炭治郎はいい子だった。素直で、可愛いという表現も間違っていないだろう。男に可愛いと言うのは失礼かもしれないが、まだ小学生である炭治郎は弟のように可愛らしいという表現が一番しっくりきたのだ。

「…凛はさぁ」
「ん?」
「えーっと…炭治郎のこと、どう思ってるんだ?」

炭治郎の気持ちを俺から漏らしてしまわないように、なるべく平静を装って聞けば凛は笑顔で迷いなく言う。

「可愛い弟みたいだなって!炭治郎が本当の弟だったら滅茶苦茶可愛がるのになー」

なんて残酷なことを言うのだろうと顔が引き攣ってしまう。
だけど炭治郎。印象は悪くない。だからその、この超鈍感な想い人に自分の気持ちを隠さず伝えるんだぞ…多分、遠回りだと気付かないから。


俺は今日出会ったばかりの少年の恋を密かに応援するのだった。


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