桜が綺麗だな、と店の外の景色を見ながら思い耽る。季節は巡り俺は学年を一つ上げた。小学四年生となった俺の日常は特に変わらず、クラス替えがあったくらいだ。
そういえば凛は今年から中学生になるんだったっけ。俺よりも三つ歳上の凛はどんどん俺よりも先へと世界を広げてしまう。年齢差はどうにもならないけれど、彼女の見ている世界と俺の見ている世界が違うのが寂しい。
も、もしかして。中学生になったからこれからは土曜日にここに通えなくなるよ。なんて言われたらどうしよう。俺は毎週この日が楽しみで楽しみで仕方がないというのに凛にとっては違うかもしれない。
ふと、時計を見るとそろそろ十六時になろうとしている。凛はまだ来ていない。彼女はとても律儀な人で、体調を崩して一度だけ店に来れない日があったのだがその日はわざわざ電話をしてきてくれたのだ。体調が悪いというのに行けなくてごめんねと。その優しさと健気さに心を打たれたのは俺だけでなく家族も一緒だったらしく次の週に足を運んでくれた際には沢山パンをサービスしたらとても喜んでもらえたのは嬉しかった。
つまり何が言いたいかというと。きっと凛は来れないなら連絡をくれると思う。だけど、環境の変わった凛は果たして今まで通りでいてくれるだろうか。どんどん先を歩いて行ってしまう凛にまるで置いていかれてしまうような錯覚に陥る。
「炭治郎？」
声をかけられて顔を上げると母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「ぼーっとしてどうしたんだい？ 休憩はとった？」
「あ、いや…」
土曜日は凛が来てくれたら休憩をとるようにしているため、俺はまだ休憩をとっていなかった。特に疲れてはいないけれど、色々考えすぎてしまったせいでぼーっとしてしまっていたらしい。心配そうな顔をする母さんにこれ以上心配をかけまいと笑顔を作る。
「大丈夫だよ。少し考え事をしてて」
「店番は私が代わるから、炭治郎は少しゆっくりしておいで」
母さんにそう言われ再び時計を見ると十六時を過ぎていた。…今日はもう、凛は来ないかもしれない。そう肩を落としながらも母さんにありがとうと言ってその場を離れようとした時、店のドアが開いた。
「いらっしゃ…あら、凛ちゃん」
母さんの声に弾かれたように入り口に目を向けるとそこには、
「こんにちはー！」
制服姿の凛が元気よく立っていた。
「凛ちゃん、いらっしゃい！中学の制服？よく似合ってるわよ」
「ありがとうございます！炭治郎達に見せたくて着てきちゃいました」
そう言って凛はくるりとその場で制服を見せびらかすように回る。
今まで遊びに来てくれる時の私服もとても可愛らしかったけれど、制服姿の凛は本当に可愛い。可愛いけれど、やっぱり凛だけどんどんお姉さんになってしまうようで焦る。焦るし、その、
「どうどう、炭治郎？可愛い？」
そう言って俺に制服姿を見せびらかす凛。
…や、やっぱり駄目だと思うんだ！
「……すっ」
「す？」
「スカートが短いと思う！」
俺の言葉に凛も母さんも目をぱちくりとさせている。ど、どうしてだ！そんなにひらひらとしたらスカートで膝より少し上の丈のスカートはどう考えても破廉恥だ。さっきくるりと回った時だってスカートがひらひらしてて見えてしまうのではないかと気が気ではなかったというのに…！
「えー？でもニ回しか折ってないよ？」
ほら、と凛が腰のあたりでニ回折り曲げてあるスカートを見せてくる。い、いや。あまりにも無防備すぎないか！？
「なんで折るんだ！スカートが可哀想だろう！」
「だってあんまり長いとダサくない…？」
「ダサくない！ダサくないからスカートを長くしてくれ…！」
えー、と不満げな声を出す凛をなんとか説得してニ回折っていたスカートを一回だけ折るようにすると膝が隠れるか隠れないかくらいの長さになったので及第点ということにしよう。
「炭治郎って本当に小学生？」
「？ なんでだ？」
「なんか、お父さんみたいだから」
その言葉に店番を代わってくれていた母さんがふふっと吹き出す。だ、だって凛の脚がじろじろと他の奴らに見られるのは我慢ならないじゃないか…！
「うそうそ、拗ねないで」
よしよーし、と凛が俺の頭を撫でてくれる。…なんだか子供扱いされているみたいでさっきよりも居心地が悪い。
俺の下には五人の弟と妹がいて、俺は長男だ。皆兄ちゃんと甘えてきてくれて可愛いし長男として面倒を見るのも当たり前のこととなっている。
だからこそ凛との距離感が時々分からなくなる。歳上だけど、そんなこと感じさせずに仲良くしてくれる凛。だけど時々こういった風に歳上らしく俺を甘やかしてくる。それがむず痒くて嬉しいのに、何故かモヤモヤするんだ。
早く俺も大人になりたいな。
だけど俺が大人になるとき、やっぱり凛も大人になっているんだ。どうしても縮めることの出来ない年齢差に俺は何故か納得できないでいるのだった。
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