「クリスマス会?」
テレビをつけても街を歩いても世間は所謂クリスマスムードへと姿を変えている。
年に一度のクリスマス。クリスマスツリーを飾ったり、ご馳走を食べたり。世間一般ではそういうことをしているのだろう。凛は俺の作ったパンを美味しそうに食べながらそう言った。
「うん、十二月二十四日のイブの日にクラスの皆でやるんだ」
嬉しそうに凛が言う。
彼女と俺の住んでいる場所は電車で三駅離れているため学校も勿論別々である。当たり前のことだけど俺の知らない凛の世界がそこにはあるわけで。何故かそれが少しだけ嫌だな、と感じたが気のせいだと自分に言い聞かせた。
「クリスマス会って何をやるんだ?」
「え? うーんそうだなぁ。ケーキ食べたり、プレゼント交換したり?」
お誕生日会みたいなものだね、と凛は可愛らしく笑う。俺は少しだけ困った。だって、俺はクリスマス会というものをしたことがなかったから。凛は楽しそうに笑うけど、どう返して良いのか分からない。
「炭治郎?」
「え、あ、ごめん。何だった?」
「炭治郎はクリスマス会やらないの?」
「俺は…店があるから」
そう、クリスマスイブと翌日はパン屋である竈門ベーカリーは朝から戦争のようなものである。菓子パンから食パン、惣菜パンまで飛ぶように売れてしまう。とても有難いことだしそれが俺の毎年のクリスマスなのだ。閉店した後は皆くたくたでお風呂に入って次の日に備えて早く寝るためクリスマスは俺にとって年に数回ある忙しい日としか認識されていなかった。
「そっか。炭治郎ちのパン美味しいもんね」
ご馳走様でした、と最後の一欠片を飲み込んで凛が言う。美味しいと言われるのも、美味しそうに食べてもらえるのも嬉しい。だけど俺が朝から忙しく駆け回っている日、凛は俺の知らない誰かとクリスマス会をしてるのかと思うと少しだけ寂しかった。
今年のクリスマスもそれはもう忙しかった。
開店前から店の前には列が出来ており、どれだけパンを焼いても飛ぶように売れる。毎年同じような光景を目にするが本当に有難いし嬉しい。パンを包んで渡すと皆幸せそうに笑ってくれる。クリスマス会というやつにももしかしたら俺の焼いたパンが並ぶのかもしれないな。休憩時間もほとんど取れないまま一日中働きっぱなしでパンを焼き、お客様の対応をして気付けば時刻は十九時半。閉店時間の三十分前には全てのパンが売り切れてしまっていた。
「炭治郎、少し早いけど外の札を閉店にしてきてくれる?」
「分かった」
母さんに言われ外に出て札をひっくり返す。はぁ、と息を吐けばそれは白く染まり冷たい風が身に染みる。
「炭治郎」
名前を呼ばれた気がした。今日一番会いたかった人の声で。だけど辺りはもう暗く、彼女はクリスマス会とやらに参加すると言っていた。こんな場所にいるはずがない。そう思うよりも先に声がした方を反射的に振り返るとそこにはやはり会いたかった凛の姿があった。
「凛!? え、どうして…クリスマス会は?」
「途中で抜けて来ちゃった」
そう言って笑う凛の鼻や頬がよく見ると赤い。両手で頬を覆うように包み込むと凛の頬は驚くほど冷え切っていた。
「冷たっ…凛、頬が冷え切っているぞ!?」
「炭治郎の手があったかいんだよ」
「いや、それにしてもこれは…とりあえず店の中に入ってくれ。何か温かいものでも─」
「ううん。炭治郎明日も朝早いんでしょ?用が済んだら帰るから大丈夫」
「用…?」
そう言って凛は俺の目の前に小さな紙袋を差し出してくる。それが何か分からなくて、だけど凛は受け取れと言わんばかりに紙袋を押し付けてくるので手に取ると嬉しそうに笑った。
「メリークリスマス、炭治郎。私からのクリスマスプレゼント」
「えっ」
「これが渡したかっただけ!じゃあ、また土曜日ね」
バイバイと凛は後ろを振り向いてしまうので咄嗟にその手を握るとやっぱりその手も冷え切っている。何を、何を言えば良いのか分からない。こんなに体が冷え切るなんていつから外にいたのかとか、どうして俺にクリスマスプレゼントをくれたのとか。聞きたいことはいっぱいあったけれど言いたいことは一つだけだった。
「──ありがとう、すごく、うれしい」
じわ、と涙が滲むのがわかる。泣くなんて格好悪いとなんとか堪えると凛は優しく笑って俺の頭を撫でてくれる。
「どういたしまして!」
その凛の笑顔を俺は生涯忘れることはないだろうと確信出来るのだった。
「駅まで送る!」
一人で帰ると言って聞かない凛に俺も食い下がらない。こんな夜道を一人で帰らせて何かあったらどうするというのだ。だというのに凛は首を縦に振ってくれない。
「いやいや、大丈夫だから。炭治郎は暖かくしてもう寝なさい」
「こんなに暗くて、心配なんだ」
「大丈夫だよ、駅までそんな遠くないんだから」
確かにうちから駅までは徒歩で五分程度で着くがそれは薄暗い裏道を使った場合で表道から行くと十分ほどかかる。裏道は通らないと言ってくれたから良かったもののやはり心配なのは変わらなくて。
「だけど…」
「私の方がお姉ちゃんなんだから、信じて?」
そう言われてうっ、と言葉に詰まってしまう。確かに凛は俺より三つも歳上だ。背だって俺より高い。だけど男として長男として、いつも頼ってもらえる立場にいたためとても居心地が悪い。
「凛のことは信じているけど、俺は長男だ…!」
そう言うと凛は俺の頭をくしゃくしゃと撫でて優しく笑った。
「私よりもおチビな長男さん。明日もお仕事頑張ってね、お休みー」
結局俺の方が歳下だから、小さいからと言われ駅まで送らせてもらえなかったことを俺は忘れない。この日は何事もなく次の土曜日には元気よく凛がうちへ来てくれたから良かったものの何か事件に巻き込まれていたら俺はあの時の選択を一生悔やんでいただろう。
年齢差はどうすることも出来ない。ならせめて、背を伸ばそうと誓うのだった。
「お兄ちゃんまた牛乳飲んでるの?」
「毎日沢山飲むって決めたんだ」
俺の戦いはまだまだ続く。
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