毎週土曜日。私は電車に乗って自分の住んでいる街から三つ先の駅へと出かける。

始まりはただの好奇心。テレビを見ていて俳優さんの書く字がとても上手かったから「習字を習いたい」と親に言えば二つ返事で承諾され、一番近くの教室がこの街にあったのだ。
そしてあの日、ふと知らない街を散策してみたくなり私は駅から少し離れた場所まで足を運んでいた。知らない街というのはとても魅力的で面白い。まるで違う国に来たような気分になれる。
そんな時に香ったのがパンの良い匂い。目を向けるとそこには「竈門ベーカリー」という可愛らしいパン屋さんがあり私はやっぱり好奇心からその扉を開けたのだった。

それが私と炭治郎の出会い。
炭治郎は私より三つ歳下の男の子で、このパン屋さんの長男らしい。なんとなく買ったパンは今まで食べたどのパンよりも美味しくて翌週また竈門ベーカリーへ足を運べば炭治郎は目を輝かせて喜んでくれた。美味しいものを食べさせてもらったのはこちらのほうなのに。

「また会えて嬉しい!」

と何度も言ってくる炭治郎は純粋に可愛くて、弟がいたらこんな感じなのかなぁと絆されてしまう。

「じゃあ凛は三つ先の駅からわざわざ電車でこっちまで来ているのか?」
「うん、習い事があるから土曜日はこっちに来てるの」
「そうなのか…土曜日…、その、土曜日良ければ、また、うちに来ないか…?」

もじもじと、私より少し背の低い炭治郎に上目遣いで可愛らしくそう言われてしまえば断れるわけもなく。

「うん、竈門ベーカリーのパンは美味しいし、炭治郎にも会いたいから来るよ!」

そう言うと炭治郎は嬉しそうに微笑むのだった。


***


毎週土曜日になると彼女は店にやってくる。
初めて出会ったあの日から毎週、ほぼ欠かさずに来てくれるのだ。時間は多少のズレはあっても十五時から十六時の間にやってきてくれて最初はパンを買ったら少し話して帰ってしまっていたけれど今では買ったパンを店で食べてくれるようになった。
そしてそれが俺の休憩時間ともなり、凛と向かい合うように座り彼女の食べる姿を見ながら喋るのが土曜日の楽しみになっている。

「ん〜!やっぱり竈門ベーカリーのパンは美味しいね!」
「凛は本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ」
「だって本当に美味しいんだもん!」

満面の笑みで、今日も凛は俺の焼いたパンを食べてくれている。自分から勧めたわけではないのだけど、凛は何故か俺の焼いたパンをよく選んでくれる。それが堪らなく嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて。俺はそのパンは自分が焼いたんだよとは言い出せずにいたけれど、凛が選んで食べてくれるだけで十分幸せだった。

「凛は習字を習ってるんだよな?」
「うん!結構上手なんだよ?」
「そうなのか?」
「え!何で信じてないの!?」

ごめんごめん、と笑えば凛も笑い返してくれる。凛と過ごすこの時間が大好きだ。優しくて、暖かくて。毎日が土曜日ならいいのに、なんて馬鹿なことを考えてしまうくらいには俺はこの時間が気に入っている。

「ほら、見てよ!」
「? …あ!」

凛が今日習字教室で書いてきた文字を俺に見せる。紙には「かまどベーカリー」と綺麗な字で書かれていた。

「なかなか上手でしょ?」
「ああ!上手だ!でもなんで平仮名なんだ?」
「漢字が難しいからです〜」

頬を膨らませながらそう言う凛が凄く可愛いし、この文字を書いてくれた時に店のことを思い出してくれていたのかなと思うと嬉しくて堪らない。

「凛、これ、俺にくれないか?」
「え?これ?別に良いけど…え、いる?こんなの」
「いる!絶対にいる!宝物にする!」

大袈裟〜と言いながら凛は「かまどベーカリー」と書かれた紙を俺に渡してくれる。
この日から俺の部屋には宝物が一つ増えた。


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