子供なのに家の手伝いをしてるなんて偉いね、とよく言われるけど俺にとってはこれが日常なのでどうとも思わない。
俺の家はパン屋で有難いことにそこそこ人気がある。物心ついた時にはいつも家にはパンの良い匂いがしていたし俺自身もパンが好きだ。だから、少しでも早く自分も父さんや母さんのようにパンを作ってみたいと思いお願いをして手伝いを始めたのが去年からで今となっては店の手伝いが俺の毎日となっていた。

主な仕事はパンを焼き、店番をしながら減ってきた商品の入れ替えなどをしている。大変だけどお客さんが俺の作ったパンを嬉しそうに買っていってくれるのを見ると凄く嬉しくてやりがいを感じているこの手伝いが大好きだ。
この日も焼き上がったパンを商品棚に並べようとトレーごと持ち上げた時だった。バランスを崩してしまい端に乗っていたパンが落ちてしまいそうになる。

(まずい!)

そう思っても両手でトレーを持っているためどうすることも出来ない。
俺は落ちていくパンを眺めている事しか出来ず──そのパンを俺ではない誰かが両手で見事にキャッチした。

「あぶなっ!」

俺より少し歳上かと思われる女の子がパンを両手で持ってにっこりと笑う。俺はすぐにトレーを商品棚に置きその女の子のお客さんへと向き直る。

「すみません!助かりました」
「落ちなくて良かったぁ」

嬉しそうにお客さんが笑う。可愛らしい人だなと思いながら俺はすぐに新しいトレーを差し出せばお客さんは両手に持っていたパンをそのトレーに乗せる。

「ありがとう」

そしてお客さんはそのパンを乗せたトレーを俺から受け取って他のパンを吟味しだす。え、いやいや。

「あの、そのパンは処分しますよ?」
「え!なんで?」

心底驚いたようにお客さんが言う。
いやだって落とさなかったとはいえやっぱり人が素手で鷲掴みしたパンは売る事はできない。だけど、折角キャッチしてくれたお客さんにそうハッキリ言うのは気が引けて困っているとお客さんはまたしても笑顔を浮かべる。

「あ、私が持っちゃったもんね。じゃあ、これください」

そう言ってトレーに乗せたパンともう一つ追加したパンを乗せて会計を迫るお客さんにどうしたものかと頭を悩ませる。
今の時間は母さんは六太の迎えへ、父さんは仮眠を取っている。父さんを起こすのも申し訳ないし俺がなんとかするしかない。

「で、でも。元はといえば俺が落としかけたのがいけないので」
「だって勿体無いじゃん。こんなに美味しそうなのに」

その言葉に俺はあまりにも嬉しくて言葉が詰まってしまう。お客さんが落とさないでくれたパンは俺が焼いたパンだったから。それを受け止めてくれ、美味しそうだと笑ってくれたのだ。

「……ありがとう、ございます。それ、俺が焼いたパンなんです」
「え!?これを?凄いね!」

じゃあますます食べたくなっちゃった、とお客さんはやっぱり可愛らしく笑う。その笑顔につられて笑えばお客さんも嬉しそうに笑うのだった。

「ばいばーい、店員さん」

パンを二つ入れた紙袋を抱えてお客さんが大きく手を振ってくれるので俺も大きく振り返した。どんどん小さくなっていく背中が名残惜しい。

「…また会いたいな」

この仕事は一期一会だ。何度もお店に訪れてくれる人も勿論いるがやはり一度きりの人もとても多い。あのお客さんも今日初めて見る人だった。もう来ない可能性も十分あるだろう。

「美味しく焼けてますように」

ならせめて。あのお客さんが美味しいと俺の焼いたパンを食べてくれることを願おう。なんとも言えない気持ちに胸を締めつけられながらも俺は再び手伝いに集中するのだった。


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