今日の俺は朝から気が気ではなく、そわそわと店の外に目をやっては肩を落とすの繰り返しをずっとしていた。
そんな俺を見兼ねた禰豆子は「店番を変わる」と言ってくれたのだ。俺があの日、凛に…襲いかかったことは禰豆子しか知らない。禰豆子は誰にも言わないでいてくれたのだ。ただし、次はないとも釘を刺されたけど。
そして昼過ぎになり、いつもならやってくるであろう彼女の姿を待っていると、彼女は姿を現してくれた。

「凛!」

居ても立ってもいられず俺は店を飛び出して凛の元へと走って行く。凛は驚いた顔と、少し困った顔をして足を止めてしまった。それが凄く寂しかったけど、全部俺のせいだ。俺は脇目も降らず凛に頭を下げた。

「凛、ごめん!本当にごめん…!」

ずっと伝えたかった言葉を凛に伝えると、凛はやっぱり困ってしまい「とりあえず、お店に行こう?」と提案してくれた。
もしかしたら、もう二度と来てくれないかとも思っていた。今日、凛がここに来てくれただけでこんなにも嬉しい。
だから、俺はちゃんと受け止めよう。凛が何を言っても…ちゃんと。


***


店に入るよりも早く私の元に駆けつけて炭治郎は開口一番ごめん!と頭を下げて謝ってくれた。
だけどここは道端で、お昼時で。道行く人の視線がとてつもなく痛い。
このままでは話も出来ないだろうと思い炭治郎と共にお店に戻ると禰豆子ちゃんに「来てくれて本当にありがとうございます」と言われホイッスルを渡された。

「え?なにこれ」
「お兄ちゃんに変なことをされそうになったらそれを吹いてください!」

炭治郎に押し倒されたところを目撃してしまった禰豆子ちゃんには随分と心配をかけてしまったようだ。炭治郎は「不甲斐ない…」と落ち込んでいるし、禰豆子ちゃんは「絶対ですよ!」と念を押してくる。
そんな二人に絆されながら、私はこの前炭治郎に押し倒されて…そしてキスをされた炭治郎の部屋にまた招き入れられることとなったのだ。

「…………」
「…………」

ち、沈黙が苦しい…!
だけど、言わなければ。どんなに言い辛いことでもちゃんと伝えなければいけない。だって、炭治郎はちゃんと想いを伝えてくれたのだから。私もそれに返事をしなければいけない。
意を決して私は重い口を開いた。

「炭治郎、私…炭治郎のこと、そういう風に見たことなかったの…ごめん…」

私の言葉に炭治郎が酷く悲しそうな目をさせながらも、笑顔を作ってくれる。

「…うん、分かってたよ」

弟のように可愛い炭治郎。私にとって炭治郎は本当に弟みたいな友達だった。
毎週会うのが楽しみで、私を見つけると弾けるような笑顔を向けてくれた炭治郎。可愛くて、構いたくて、本当にお姉ちゃんになったような気さえしていた。
だけどあの日。私を押し倒して見下ろしてきた炭治郎は男の人でしかなかった。背も体もいつの間にか私より大きくなって、声も低くなって。
そんな炭治郎を、ちゃんと見てなかったのは私だ。

「あの、だ、だけど…その、好きって言ってくれて…い、嫌じゃなかったよ…」
「……え?」

あの日から炭治郎のことを考えるとドキドキして眠れなくなった。
可愛い弟だと思ってた炭治郎が急に男の人にしか見えなくなって、どう接していいか分からなくなってしまったのだ。

「ごめん炭治郎、その、分からないの。私、自分が炭治郎のことどう思ってるのか、分からなくて……」

私のことを好きと言ってくれたのに、私はその想いに答えることが出来ない。嫌じゃないのは本当だ。だけど、炭治郎の好きだと言ってくれる気持ちを利用するみたいで、安易に頷けない。そんな自分が凄く嫌で……だから私はクラスメイトの彼の気持ちも断ったのだ。彼の好意を利用することはしたくなかったから。

「凛、俺は…多分、初めて会ったあの時から、凛のことが好きなんだ」
「う、嘘…」

炭治郎と初めて会ったのは私が小学六年生、炭治郎が小学三年生の頃の話だ。思えば随分と長くこの関係が続いていた。
竈門ベーカリーのパンは本当に美味しくて、お礼を言いに行ったら炭治郎が凄く喜んでくれて…炭治郎は、そんな最初から私のことが…?

「本当だよ。今思えば一目惚れだったのかもしれない。…もう一度会いたいと願ったら、凛がまた店に来てくれて俺は本当に嬉しかったんだ。どんどん仲良くなっていくうちに、自分の気持ちに確信を持っていったよ。…あの年のクリスマスのことは一生忘れないと思う」

クリスマスは忙しくて、ちゃんと過ごせたことがないと小さな炭治郎が言っていた。私はそれがなんだか悔しくて。こんなにも世間がクリスマスムードで盛り上がってる中、炭治郎は一日中働いている。そんなの不公平じゃないか、と子供ながらに思ったのを覚えている。
私は貯めたお小遣いでキッチンミトンを買って炭治郎にプレゼントするためにクリスマス会を抜けて竈門ベーカリーまで足を運べば店は本当に繁盛していて、忙しそうで。
だけど、笑顔でお客さんに対応をする炭治郎を……あの時、格好良いなと思ったんだ。寒さも時間も忘れてしまうほど。

「ずっと好きで…だけど俺は凛より歳下で、頼りなくて。好きだって言ってもし断られたら凛はもうここに来なくなってしまうのかと思うと怖くて言えなかった。…だけど、誰かのものになってしまうのはどうしても嫌だったんだ」

いきなりあんなことをして本当にごめん、と炭治郎が頭を下げる。炭治郎の想いが、気持ちが、真っ直ぐに伝わってくる。炭治郎、私のことが本当に好きなんだ…

「凛」

炭治郎が優しく名前を呼ぶ。
しっかりと私の目を見つめて。そこにいるのは弟でも何でもない。一人の男の子の竈門炭治郎が私を真っ直ぐと見据えていた。

「…今すぐじゃなくてもいいから、俺のことを一人の男として見てくれないか…?俺は、いつまででも待ってるから」

凛の心に整理がつくまで、と炭治郎の浮かべた笑顔はもう昔のようなあどけなさは残していなくて、まるで私よりも歳上のように微笑む。

「う、うん…」

そんな炭治郎に私は目を合わすことも出来ず、恥ずかしくなって目を閉じるとははっ、という炭治郎の楽しそうな声が聞こえてきたので目を開けると炭治郎は優しげに微笑んでいた。

「可愛いな、凛は」
「は、はい?」
「……大好きだよ、凛。もう、遠慮はしないから」

そう言って炭治郎が私の頬に手を触れる。
お互いの目と目が合い、逸らすことすら出来ない。ただただ自分の鼓動の音がうるさくて、時間が止まったような錯覚に陥る。そして炭治郎の顔が近付いてくるのでどうしたらいいか分からず、ぎゅっと目を瞑ると少ししておでこにちゅ、と炭治郎の唇が触れた。

「……へ?」
「……凛、その。拒絶されないのは嬉しいんだが、あまり無防備だと…俺も男だから止まれなくなる…」

炭治郎が頬を真っ赤に染めている。それに釣られてきっと私の顔も真っ赤になってしまったのだろう。炭治郎はやっぱり楽しそうに笑った。

「早く、俺のことを好きになってくれ」



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