俺は今、妹の禰豆子が仁王立ちをする前で正座をして禰豆子の言葉を待っていた。
にいちゃんどうしたのー?という茂や六太を竹雄と花子に託して、私達が出てくるまでドアは絶対に開けないで。と言い切った禰豆子は明らかに怒っている声をしていた。
それもそうだろう。実の兄が姉のように慕っていた凛を押し倒していたところを目撃してしまったのだから。弁明の余地もない。

「……お兄ちゃん」

禰豆子が深い溜息のあと、口を開く。
そんな禰豆子の声に顔を上げると禰豆子は眉間に皺を寄せたまま言葉を続ける。

「……凛さんを襲ったの?」
「ち、違っ…!い、いや…その……っ」

断じて!あれ以上のことをしようとは思っていなかった。俺だって男だ。したくないかと言われればしたいに決まっている!だけど、凛の気持ちを無視してそんな不埒なことは……でも、キスは、してしまった…

「もう!無理矢理そんなことをしたら嫌われるに決まってるでしょ!?お兄ちゃんはずっと凛さんのことが好きだったのにどうしてここ一番で我慢が出来ないの!」
「うっ…返す言葉もない…!……というか、禰豆子。俺が凛のことが好きだったって気付いていたのか…?」
「気付いてないのなんて凛さんくらいよ」

禰豆子の言葉が本当なら禰豆子どころか俺の気持ちは家族にも筒抜けだったということだ。は、恥ずかしすぎる…!そういえば玄弥にもすぐにバレてしまったし、俺は自分で思うよりも分かりやすいのかもしれない。
バレてもいいと思っていた相手には一切伝わってなかったのがまた滑稽だ。

「凛さんの連絡先は知ってるんでしょ?とりあえずすぐに謝って…あとは土曜日に凛さんが来てくれたら、もう一度ちゃんと謝るのよ」
「うん…ごめんな禰豆子。情けないところを見せて…」
「そんなの全然気にしてないよ。私が嫌なのは、お兄ちゃんと凛さんがこのままギクシャクしてしまうこと。お兄ちゃん、凛さんといる時が一番幸せそうな顔してるって自覚してる?」
「え?」

俺の言葉に禰豆子は眉を下げて笑ってくれる。

「やっぱり無自覚。私、凛さんと一緒にいる時のお兄ちゃんの顔が一番好きなの。私のお兄ちゃんが幸せそうに笑ってる顔」

…それは凛さんも同じだと思うんだけどな。という言葉を禰豆子は敢えて飲み込んだ。

「だから早く仲直りしてね?凛さんならちゃんと話せば分かってくれるよ」
「うん、ありがとう…禰豆子」

そう言うと禰豆子はやっぱり優しく笑ってくれるのだった。


俺はその日の夜、凛に電話をかけた。
メッセージで送るか悩んだけど、文字よりも言葉で伝えたかったから。
当たり前かもしれないけど凛は電話に出てくれなくて、その現実に苦しくもなったが俺は留守番電話に謝罪と素直な気持ちを吹き込んだ。


大好きだった土曜日が来るのがこんなに怖いと思ったのは初めてで、俺は久々に眠れない金曜日を過ごすのだった。


***


『凛、今日は本当にごめん。謝っても許されないことをしてしまったと思ってる。それでも…本当にごめんなさい。俺は凛が好きだ。ずっと好きだった。…自分勝手だと分かってるけど、凛ともう一度話がしたい。土曜日、店で待ってる。…大好きだ、凛』

メッセージは以上です。という機械音が炭治郎の声に続いて紡がれる。
あの日、炭治郎から電話がかかってきたのには気付いていた。でも、どうしても出れなくて。私は初めて炭治郎からの電話を無視するとこのメッセージが残されていたのだ。

好きだと、嘘でも夢でもなく炭治郎が口にしている。押し倒されてキスをされたあの日、全部夢だったんじゃないかと思おうと思ったけれどこのメッセージがあれは現実だったということを思い返させる。
ああああ、と頭を抱えてるとクラスメイトの「彼」が私に話をかけてきた。

「斎藤」

うっ、正直今の私に心の余裕はなかった。
彼が告白の返事を聞きたがってるのも分かっている。私に思いを伝えてから彼もまた、私を見る目に熱を込めるようになったのだから。
ついこの間まで色恋沙汰になんて全く縁がなかった私に一気に押し寄せてきた恋路にはっきり言ってパニック状態である。

「あ、えと…」

私が口籠ると彼は悲しそうに眉を下げて、それでも私を安心させるように笑ってくれる。
三年間同じクラスで仲良くしてくれたのだ。彼の優しさは知っている。その優しさに甘えて、そしてこのまま返事を先延ばしにするのも失礼だろう。
私は彼が嫌いじゃなかった。告白されて、炭治郎の家に着くまでは彼が初彼氏になるのかな、とか。OKをしたらどんな反応をするんだろう、とか。本気で考えていたのだ。
そして、その際にチラついたのはやっぱり炭治郎の姿で……


『凛!』


気付けば思い浮かぶのは笑顔で私の名前を呼ぶ炭治郎の姿。いつも本当に嬉しそうに私の名前を呼んでくれて、私だって炭治郎のことが大好きだった。
ただ、好きの意味がお互い違っただけ…

「返事…聞かせてほしい」

そのクラスメイトの言葉に私は口を開いた。
私の思ったままの言葉を彼に。
そして、もう一人私に思いを伝えてくれた彼にも正直な気持ちを伝えよう。


考えるだけで怖くて。
私は初めて一睡も出来ないまま土曜日を迎えるのだった。



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