凛の様子がおかしいことは会ってすぐに気付いた。どこかそわそわしていて落ち着きがない。そしてすぐにぼーっとしてしまう凛が俺は心配で理由を聞いてみると信じられないことを凛に言われた。

「えーっとですね、今日、クラスメイトに告白をされてしまって…」
「……え?」

その言葉に、体の芯まで冷え切ってしまったかのような感覚に陥った。
頬を赤く染めながら、凛が俺の知らない「誰か」のことを思っている。まさか、凛は、その「誰か」と付き合うのだろうか?

「それで、凛はなんて返事をしたんだ?」
「え、ま、まだ…返事はしてないけど…」

凛の反応を見るに、告白してきた相手は好きでも嫌いでもないのだろう。
そしてまだ返事をしていないという事実に少しだけホッとしながらも、どうしようもない気持ちには変わりはなかった。

「どうしよっかな…彼氏はほしいけど…うーん、炭治郎は今までの告白は断ってたの?」
「うん。俺は好きな人がいるから」
「え!?」

俺は言葉に凛は心の底から驚いた顔をする。ああ、本当に伝わってなかったんだな。そして凛はやっぱり俺のことを男として見ていなかったこと痛感させられる。
玄弥にも言われたっけ。凛は鈍いと。
そんなところも可愛くらしくて好きだったけど、もうそんなことも言ってはいられない。

「炭治郎好きな人いたの!?えー!同じクラスの子とか?」
「ううん、違うよ」
「そうなんだ…私の知ってる人?」
「教えてほしい?」

こそこそ話をするようなジェスチャーをすると凛は目を輝かせて、なんの警戒心もなく俺の隣へと移動してくる。
俺も、今日告白してきたクラスメイトとやらと同じ「男」なのにな。
俺の隣でわくわくさせながら俺の言葉を待つ凛はいつの間にか俺より小さくなっていて、凄く女の子で…

「? たんじ──」

俺の顔を覗き込んできた凛の両手首を掴んでそのまま押し倒し、自分の唇を凛の唇に重ねた。初めて感じたそれは柔らかくて、甘い気さえした。


***


「やっ、た、…なに…?」

何が起こったのか全く分からない。
私は突然炭治郎に押し倒されて、キスをされた。
そして、唇を離されてからも両手は炭治郎に押さえつけられていて、今もなお押し倒されている状態だ。
何が、なんで?そんな言葉しか頭には浮かばない。

「な、なんで……キス…」

私がそう口を開くと、ぽつ。と頬に何かが落ちてきた。え、と炭治郎の顔を見上げれば炭治郎は大きな両目から涙をぽろぽろと流している。
炭治郎がこんな風に泣いているのを初めて私は目にした。どうして泣いてるの?泣かないでほしい。そんな言葉すら混乱しきった私の口からは発することが出来なかった。

「凛、ずっと…ずっと好きだった。誰かのものになんて、ならないでほしい…俺じゃ…駄目か…?」

炭治郎の振り絞るような声に言葉を失ってしまう。
押さえられてる腕がびくともしない。炭治郎が、いきなり男の人に見える。
いつから、一体いつから炭治郎は私のことをそういう風に見てたの?いつから炭治郎はこんなに…男の人になってたの?
ずっと弟みたいで可愛くて大好きだと思っていた。でも、炭治郎はそうじゃなくて、私のことをずっと…?


「お兄ちゃーん、ごめん。この辞書借りっぱなしに…」

ガチャ、とドアが開いて炭治郎の妹の禰豆子ちゃんが入ってくる。
そして禰豆子ちゃんが目にしたのは自分の兄が私を押し倒している姿で。

「は!?な、何してるの!?お兄ちゃん!?」
「ち、違…!いや違くは、ないけど、その…!」

目元をごしごしと拭って炭治郎が私の上からすぐに退いてくれる。
炭治郎も禰豆子ちゃんも何かを言っているようだったけれど、何も耳には入ってこない。

『凛、ずっと…ずっと好きだった』

さっきの炭治郎の表情と声がずっと自分の中でこだまして、それに加えて自分の鼓動の音がやたらとうるさい。

「あ、あの、私、きょ、今日は、帰るね…!」

鞄を持って、振り返ることもなくお邪魔しました!と言って竈門ベーカリーを後にする。
走って走って、走り続けて。息が切れるまで走り続けて…やっとのことで足を止めてはぁはぁと息を整えるとやっぱりさっきの炭治郎が思い浮かんだ。

「……炭治郎…」

炭治郎が、初めて男の人に見えた。
キスされた唇も、押さえつけられた手首も何もかもが熱い。ぽたぽたと、気付けば私の両目からも涙が出ていて、一体自分がどうして泣いているのかも分からなかった。


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