凛が記憶を失ってから今日で二週間が経とうとしている。一度失ってしまえば新たに記憶したことは失わずに済むため凛は忘れた人達のことも覚え直し、生活に支障は出ていなかった。
だが、日にちが経つほど鬼の消息を掴みにくくなる。もし遠くに移動してしまっていたら?そう考えるとゆっくりもしていられない。そう思っていたのは俺だけではなかったようだ。

「──凛さんを囮として使います」

しのぶさんが冷静に、危険な提案をしてくる。勿論俺は危ないから駄目だと反対した。凛は今、鬼狩りとしての記憶もなくし型だって使えないどころか刀の使い方すら覚えていない。
もし万が一血鬼術をかけた鬼が現れたとしても危険すぎる。だが、そんな俺の意見を実弥さんは一刀両断する。

「なんだァ?テメェは惚れた女の一人も守れねェのか」
「えっ…」
「炭治郎君。厳しい状況ですが凛さん一人のために他の鬼狩りを集結させるのは他が手薄になるため無理です。ですが、炭治郎君なら愛する凛さんを一人でも守り切れますよね?」

にっこりと。しのぶさんが有無を言わせない笑顔で俺に言う。
そんなの、勿論だ──!

「……分かりました!凛に引き寄せられた鬼は必ず俺の手で斬ります!」

絶対に守る。
俺はそう誓って今世でも刀を手にしたのだから。


時刻は深夜。
凛は記憶を失ったあの日、ここで倒れていた。その場所に刀も持たず武装もさせずに凛は立っている。
今回の作戦を説明した時、凛はすぐに承諾してくれた。記憶を無くしてから鬼に襲われたこともあるのだから怖くて当然なのに凛は怖くないと言う。どうしてかと聞くと

「だって、炭治郎が守ってくれるんでしょ?」

と信頼の匂いをさせて言うのだから、守り切るしかないじゃないか。
俺は全集中の呼吸を使って集中する。

──そして、凛の前に小さな女の子の鬼が姿を現した。


***


「こんばんは、お姉ちゃん」
「…?こ、こんばんは…」

小さな女の子に声をかけられた。
こんな深夜に、どうしてこんな小さな子が一人で歩いているのだろう?
キョロキョロと辺りを見渡しても親御さんの姿は見当たらない。迷子、だろうか…?

「貴女の記憶、甘くて素敵だったわ」

その言葉に、この子が私の記憶を奪ったのだとすぐに分かった。

「返して!」

そう叫ぶと女の子は楽しそうにケタケタと笑い
──寒気がするほどの殺気を私に向けてきた。

「羨ましくて、ずっと殺したかったの」

その瞬間、目で追い切れないほど速く女の子が動き、私は気付いた時には物凄いスピードで抱き抱えられていた。
女の子が驚いた表情をして振り返るとそのまま彼女の頚はごと、と落ちた。
炭治郎だ。私を抱き抱えて助けてくれたのは炭治郎で、あんなに速く襲いかかってきた女の子よりも速く炭治郎はこの子の頚を斬ったのだ。

「どうして、…私には……何も、ないのに…」

女の子は最後にそう言い残すと塵となって消えてしまう。炭治郎はそれを酷く悲しそうに見つめていた。

「…人の形をしている鬼は、人に怨みを抱いた怨念が集まって生まれるらしい」

彼女は、人の思い出を奪うことで自分を満たすしかなかったのかもしれない。
炭治郎はそう言って少しだけ祈るように目を瞑る。……その姿は、まるで人の死を悼んでいるみたいに慈しさに満ちていて…

「うっ!?」
「凛!?」

突然酷い頭痛に襲われて、立っていることすら出来なくなり私はそのまま意識を手放してしまった。


夢を見た。とても沢山の夢を。
まるで本当にあった出来事を辿るような…ううん、これはまさに本当にあった記憶だ。
あの子に奪われた、私の大切な人達の記憶。

目を覚ますとそこには、記憶の中のままの笑顔で溢れていた。


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