毎日眠る度に、夢を見る。
その夢の中で私は幸せそうに笑っていて、誰かと楽しく過ごしていて。そして目を覚ますとその誰かが全く思い出せなくなっていた。
日に日に思い出せないことが増えていく恐怖を覚えながらも私はこの部屋で過ごしている。
この部屋にはベッドや机など必要最低限のものしか置かれていない。どうして私はこんなところにいるのか、全く分からなかった。

この部屋には人がよく訪れた。
はじめまして、と言えば誰もが悲しそうに顔を歪める。そして綺麗な女の人…「しのぶさん」が私は記憶喪失であると教えてくれた。
無理に思い出そうとはせず、この部屋で療養してくださいね。と笑う彼女に懐かしさを感じてきっとこの人も忘れてしまった人の一人なのだろうと悟った。
文字の読み書きは問題なく出来て、私が忘れてしまったのは主に私と関わった人のことなのだと思う。だって私が覚えているのはもう炭治郎のことだけなのだから。

「えっと、伊之助君と……あの、はじめまして、ですよね?」

私は記憶喪失と言われた日から出会った人の名前と特徴をノートに書き留めていた。少しでも早く思い出せるように願って。
その日私の部屋に訪れたのは先日私を怒った伊之助君と…初めて見る金髪の男の人で。…だけどきっと私が忘れてしまったのだろう。一瞬だけだけど酷く悲しい顔をさせてしまった。

「あ、ご、ごめんなさい…私、忘れちゃったんですかね…」
「…大丈夫、そのうち思い出すって!俺は我妻善逸。善逸って呼んでよ凛」
「俺も君なんてつけるんじゃねぇ!凛!」

凛と。この部屋に来た人は誰もが私のことをそう呼ぶ。それが私の名前なのだろう。

「凛、おはよう。よく眠れたか?」

二人に続いて唯一まだ覚えている人が部屋へと入ってくる。大好きで堪らない私の恋人。

「炭治郎、おはよう」

炭治郎のことを真っ直ぐと見てそう言えば、炭治郎はとても嬉しそうに顔を綻ばす。
もし、私が炭治郎のことを忘れてしまったらやっぱり悲しい顔をさせてしまうのだろうか。ノートを捲っても炭治郎の名前は書いていない。私が炭治郎のことを忘れていない証拠だ。でも、明日は?明日私は炭治郎のことを覚えているの?

「今日はさ、俺達がしのぶさん達に報告するから炭治郎は凛と一緒にいてあげてよ」

その言葉に炭治郎は目を見開き、察したように眉を下げる。
きっと、私が…善逸と名乗った彼のことを覚えていないことを悟ったのだろう。

「おい子分!そんなしけた面してんじゃねぇ!お前が覚えてなくてもな、俺達が覚えてんだよ!」

だから安心しやがれ!と伊之助…は力強く私に言い放って善逸と共に部屋を後にした。
私のところへ訪れる人は皆優しい。不死川さんと名乗った男の人も「大丈夫だ。何も心配いらねェ」と優しく私に言ってくれた。

「はは、伊之助に言われてしまったな」

炭治郎は優しく微笑む。
嫌だな、忘れたくないなぁ。

「炭治郎」
「なんだ?」
「炭治郎、好きなの。大好きなの」

ぽろぽろと、涙が溢れ出た。
こんなにも愛おしくて大好きなのに。きっと私は炭治郎のことを忘れてしまう。それは予感でも何でもなく。もう私が思い出せるのは炭治郎との思い出しかなかったから、きっと明日忘れるのは炭治郎のことだと思う。
どんなに忘れたくないと願っても、きっと忘れてしまう。だって私は伊之助や善逸…それに皆のことも忘れたくなかったはずだから。

「もし、炭治郎のことを忘れちゃっても、私が炭治郎のことが大好きだから、」
「凛…」
「ごめんね、炭治郎、好きで、ごめん」
「どうして謝るんだ?俺も凛のことが大好きで仕方がないのに」
「だって、きっと寂しい思いをさせちゃうから」

忘れた私は炭治郎の気持ちなんてお構いなしに初対面のように接するのだろう。その時、炭治郎は絶対に悲しい思いをする。だって私もそうだった、から……?

「凛」

炭治郎が私に優しいキスをする。触れるだけの、大好きな炭治郎の暖かいキス。
こんなにも大好きで堪らないのに、どうして忘れてしまうんだろう。忘れたくないよ。

「何があっても俺は凛を愛してるよ」
「炭治郎……」


その日、私は夢を見た。大好きな彼の夢だ。
一緒にいられるだけで、隣にいられるだけで、彼が笑っていてくれるだけで幸せだった。
それはきっと、ずっと遠い昔から今も変わらず。
自分の命よりも大切な人。
彼の名前は──


目を覚ますと私は涙を流していた。
何か、大切なものが抜け落ちたような気持ちの悪い感覚に眩暈がする。
コンコンっとノックの音がして、入ってきた人物を見て私は口を開いた。

「はじめまして、えっと…?」

初めて見るその姿にそう声をかけると、彼は少しだけ眉を下げて微笑んでくれた。

ああ、きっと。
今日忘れたのはこの人なんだろうな。


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