「間違いありません。凛さんはあの日、鬼に遭遇して血鬼術をかけられています」

あの日、鬼を狩った俺は凛の元へ駆けつける前に連絡を入れたのだが応答すらなく、すぐに現地へと駆けつけると薄目を開けた状態で凛が座り込んでいた。
心臓が止まるかと思った。まさか、そんなと。
必死に肩を揺さぶって名前を呼べば凛は意識を取り戻してくれてそれに安心したのも束の間、凛は俺にこう言ったのだ。「凛って誰?」と…

「今朝はまだ、炭治郎君のことは覚えていましたか?」
「…はい。でも、今日は伊之助のことを忘れていました…」
「……そうですか」

凛は記憶をごっそりと無くしていて、あの日から一晩眠るごとにまだ覚えていた記憶も無くしていく。もう凛が覚えているのは俺と善逸のことだけで、実弥さんにもしのぶさんにも村田さんにも…他の仲間にも「はじめまして」と声をかけたのだから。

「オイ。辛気臭ェ顔してんじゃねェよ」

俺の報告を聞いていた実弥さんが俺に向かって口を開く。

「竈門。凛はあと数日でお前のことも忘れるだろォな」
「不死川さん、それは…」

実弥さんの容赦のない言葉にしのぶさんがフォローをいれようとするが、実弥さんはそれを手で制してしまう。

「これが現実だ。だったらテメェがやることはなんだ?うだうだ落ち込むことじゃねぇだろォ」
「俺がやること…」

そうだ。
凛は今も鬼の血鬼術に苦しめられ、記憶を失っている。これが敵の術であるのならば、解く方法は──

「…凛に血鬼術をかけた鬼を見つけ出して、俺が斬ります!」

俺の言葉に実弥さんもしのぶさんも満足気な匂いを醸し出す。
そうだ、俺が落ち込んでいる場合じゃない。
1日でも早く凛の記憶を取り戻してあげたい。記憶がないのは、もどかしくて切なくて…どうしようもない気持ちになるのを俺は知ってるから。


俺はしのぶさんと実弥さんにお辞儀をして、凛が待つ部屋へと戻ることにした。
凛は今、本部で保護されている。元々高校を出てからは一人暮らしをしていたため問題はないと判断してしのぶさんが上手く凛を誘導したらしい。
凛はまだ、俺のことを忘れてないだろうか。本音を言うのなら怖くて仕方がない。凛に忘れてほしくない。はじめまして、と。炭治郎と呼んでいた口で俺に言うのだろうか。

『斎藤先輩…ですよね?はじめまして!俺、竈門炭治郎っていいます!」

凛と今世で初めて再会した時、俺は記憶がなくて凛にそう声をかけた。
あの時、凛はどんな顔をしていた?…忘れるわけがない。あの時、どうしてこの先輩はこんな寂しそうに笑うんだろうって不思議に思ったんだから。
今なら分かる。大好きな人に忘れられるのは──こんなにも苦しくて怖いんだ。

「…凛、ただいま」

ノックしてから凛の保護されている部屋に入ると、凛が俺の方を見て優しく微笑んでくれた。

「炭治郎!おかえり!」

俺のことを認識して、炭治郎と呼んでくれる。
そんな当たり前のことが、こんなにも尊いことだなんて思わなかった。

「さっきね…嘴平、伊之助君?って人と善逸がお見舞いに来てくれだんだけど」

凛は忘れてしまった伊之助のことを再び覚え直そうと必死に名前をノートに書き留めていた。
それは伊之助の名前だけでなく実弥さんだったり、しのぶさんだったり…
名前を書く度に凛は突き付けられるんだ。覚えていないことを。

「二人とも騒がしかったなぁ。…伊之助君には早く思い出しやがれ!って…怒られちゃった」

凛が困ったように笑う。
凛は自分が鬼狩りだったということも、前世のことも忘れてしまっていて、何故ここにいるのかも分かっていない。凛からしたら全然知らない施設に保護されているこの状況は怖くて堪らないのだろう。だって、凛からはずっと困惑や恐怖の匂いがしているから。

「ねえ、炭治郎」
「なんだ?」
「私…色んなことを忘れてるんだよね」

その言葉に俺は少しだけ悩んで、凛をなるべく不安にさせないよう凛の手を取り、真っ直ぐと目を見て微笑んだ。

「凛、俺は竈門炭治郎だよ」
「……うん」
「君は、斎藤凛」
「………」

もうすっかり忘れてしまった自分の名前に凛は悲しそうに目を伏せる。俺はそんな凛の手をぎゅう、と握った。

「俺の大好きな人の名前だよ」
「…炭治郎」
「凛、大好きだ。愛してる」

そう言ってキスをすると凛は応えるように背中に手を回してくれる。少しだけ震えてて、凛の不安が伝わってくるようで…

「…炭治郎」
「…なんだ?」
「炭治郎のこと、忘れたくないなぁ」

そう言う凛の声は、か細く震えていた。



翌日、凛は善逸のことを忘れ。そして翌々日。

「はじめまして、えっと…?」

凛は俺の姿を真っ直ぐと見てそう口にするのだった。


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