罰に塗れた今生



全てを覚えていると自覚した時、これは罰なのだと理解した。

私には前世の記憶がある。今の時代の言葉で表すのなら「大量殺人犯」「シリアルキラー」と呼ばれるのが妥当であろう。そう。私は罪人だ。たとえ今生で罪を犯さずとも記憶が残っているということは神は私を許さなかったのだろう。……そして転生させたのもまた、この罪を背負って生きろということなのだろう。

「鬼舞辻先生、休憩は取られましたか?」
「いや、先ほどの患者の件が気になってね。気遣いをありがとう」
「もう…先生はちゃんと自分のお体のことも気にしてくださいね」

そう言って看護師は片手間で食べることの出来る食事を置いて行ってくれた。こんな私に、人間というものはいつも優しく接してくれる。それが辛かった。


鬼舞辻。今生でも私はこの姓を受けた。名は流石に受け継がれなかったが私は間違いなく「鬼舞辻無惨」である。遠い昔、悪戯のように。ただ自分の欲望のために人々を数えきれないほど殺した鬼。それが前世の私だ。
この時代に生まれ落ち、同じ人間として。そして健康体で育った私は両親や周りの人間の暖かさに触れて感激し、死にたくなった。私は、なんということを。しかし愛情を注いでくれた両親を残して、ましてや自殺なんて出来るはずがなかった。
せめて何か出来ることはないだろうか。何の意味もない。こんなことをしても私が殺した者たちに詫びることすら烏滸がましい。それでも私は今生で1人でも多くの命を救えるよう医者となった。

「ふぅ……」

仕事がひと段落つき、時計に目をやると休憩時間が終わるまであと20分ほど。昼食を摂るには十分の時間であったが食欲がなかったため気分転換だけでもと中庭に移動することにした。

「わっ」
「おっと、すみませ──」

扉を開けると1人の患者とぶつかってしまい咄嗟にその体を支える。杖を持っているその女性はとても軽く、その顔、は

「お、まえ は …」
「? すみません!不注意で…あああ!白衣に汚れが!く、クリーニングに出しましょうか!?」

この女は、私が、前世に焦がれて殺した、女。

「あれ、聞こえてますか?おーい!鬼舞辻、せんせーい?」
「…うるさい、聞こえている」

あまりにも前世の記憶のままの女に涙腺が緩んでしまう。すまなかった。お前に救われていた。そんな言葉が、口から出ない。その代わり信じられないことに私の両目からぼろ、と涙がこぼれ落ちた。一粒落ちてしまえばもう止まらず、手のひらで顔を覆うと女は「うえ!?」と相変わらず記憶通り色気のない声を出した。

「だ、大丈夫ですか!?ちょっと!このソファーに一回座りましょう!」

女に促されるがまま私がソファーに座ると女もゆっくりとその横に座りハンカチを差し出してきた。何も変わらない。声が大きいところも、がさつなところも、色気がないところも、…世話焼きなところも、優しいところも。なにひとつ。

「大丈夫ですか?お疲れなんでしょうかね?」
「…大丈夫だ。その、…あなたは」

こんなことを聞いたら変なやつだと思われるだろう。それでもどうしても尋ねたかった。

「前世の記憶、というものを信じますか?」
「前世?生まれ変わる前ってことですか?うーん…」

私の意味不明な問いに女は腕を組んで真剣に悩み始める。ああ、あの頃と何も変わらない…

「実は私もそういうの…あるんですよ!」
「え!本当、に…?」

はい!と女は元気良く返事をする。その笑顔とは真逆に私は自分の血の気が引くのが分かった。もし覚えているというのなら、私は大量の人間を殺しお前も殺した張本人だ。謝って許されることではない。いや、謝ることすら許されない。
そんな私の不安をよそに女は楽しそうに言葉を続けた。

「私…お日様の下を歩きたかったんですよね、誰かと」
「…………え、」
「でも誰ってのが思い出せなくてですねー。もしかしたら前世とかじゃなく小さい頃にドラマで見たのかもしれません!」

あははー!と笑う女に私は笑い返せなかった。だって、覚えてる。私もその約束を。女は反応出来ない私にちょっとだけ気まずそうに苦笑いをした。

「えっと、鬼舞辻先生がそんな顔しないでください!これは生まれつきなんで」
「生まれつき…?」
「はい。私、足が弱くて。遠出なんてもってのほか。散歩もこの杖があってもあまり長く出来ないんです。だからまあ、叶わぬ夢ってやつですね!」

夢は叶わないから夢って言いますしねー!と女は私に気を使って明るく笑う。昔は私が日の下を歩けなかった。今生ではお前が私の役を買っているのか?何も悪いことをしていないお前が?
…いや違う。お前は私と同じではない。

「ではその夢、私と叶えましょう」
「え?」
「ゆっくりでもいい。何度休憩してもいい。どうか、私とお日様の下を歩いてくれませんか?」

そう言って手を差し出すと女は驚いた表情を浮かべた後に満面の笑みで鼓膜が破れるような大きな返事を返してくれた。


ああ。
これが愛しいという感情か。




前世の罪を忘れることはない。
それを抱えながら1人でも多くの患者の命を救うことが今生での私の使命なのだ。


だが神、いや世界よ。
私をもう一度この世に生み落としてくれてありがとう。



他のために生きると誓う





※あとがき
私は鬼舞辻無惨という孤独なキャラクターが好きです。罪が消えることはありません。謝罪をしても戻ってくる命もありません。医者となった彼は命の重さを人よりも何倍も知ることとなりました。今生では後悔し自分責め続けてしまう。そんな彼にも人並みの幸せを感じることを許してほしいと思いこちらのお話を書かせて頂きました。


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