夢見た世界の末路


誰も信じてくれないかもしれないけど私には本当に愛情の色、というものが分かる。
その対象がどんなに繕っていても私には手に取るように自分や他の人に向けてる色が分かってしまう。私の前ではどんな顔をしても無駄なの。だから自分のことしか好きじゃない父と母はその色を見た時から大嫌いだった。

「美琴」

大好きな声に振り返るとそこには私にひたむきな愛情の色を注いでくれるお姉ちゃん──凛の姿があった。
お姉ちゃんの色はとても綺麗で嘘がない。私のことを大切に、そして好いてくれている色。お姉ちゃんがいなければ私はとっくの昔に壊れてしまっていたかもしれない。

「お姉ちゃん!」
「今日はどうしたの?美琴があんなに強請ってくるなんて珍しいね」

そう。私は今日はどうしてもお姉ちゃんと一緒に過ごしたかった。…いや。今日は、というわけでもないだろう。許されるのなら毎日、いつでもお姉ちゃんと一緒にいたい。だけどそれが叶わないのも分かっている。
お姉ちゃんは優しい。そんなお姉ちゃんを血の繋がってない三人の弟と妹もとても慕っていて。ずっと私だけのお姉ちゃんだったのに今は「皆のお姉ちゃん」になってしまった。
……寂しい。昨日は全然お姉ちゃんと一緒にいられなかった。だから、今日はお姉ちゃんを独り占めしたかったの。

「おねえちゃんー!」

だというのに。
私達の邪魔をするように一番幼い桃がお姉ちゃんに駆け寄ってくる。鬱陶しい。私からお姉ちゃんを取るなんて許せない。いくら幼いからって許せるわけが…!

「美琴お姉ちゃん!」
「え、」

桃は信じられないことに私に抱きついてきた。え、なに?今まで私に寄ってきたことなんてなかったのに。桃が私に向ける色は信じられないくらい綺麗で、

「桃もずっと美琴と仲良くしたかったんだよ」
「な、なんで…?」
「だって、桃は美琴のことが大好きだもんね?」
「うん!美琴お姉ちゃんだいすき!」

きらきらと。二人から愛情の色が注がれる。私には勿体ないくらい綺麗な色で、どうして良いかわからない。愛おしそうに抱きついてくる桃を恐る恐る抱きしめ返すと桃は嬉しそうな声をあげた。

「一彦も冬慈も美琴と仲良くしたがってるよ」
「……うそよ、一彦は私を嫌ってるもの」
「あはは!嫌ってないよ、一彦も冬慈も桃みたいに素直になれないから戸惑ってるだけだよ。一回だけ、騙されたと思って二人と喋ってみない?」

私も一緒について行くから、とお姉ちゃんが笑うと桃も「わたしも一緒いく!」と楽しそうに笑ってくれる。
もしかしたら、本当にもしかしたらだけど。ほんの少しの勇気で世界は変わるかもしれない。現に桃が勇気を出してくれたおかげで今はこんなにも桃が可愛らしい。…人の愛情の色が見える私は怖かった。相手の本音が分かってしまうから。
でも、お姉ちゃんと一緒なら。この世界でももっと幸せに生きられるのかな…?





「つまらん、この程度で死んでしまうとはな」


きっと私は夢を見ているのだと思った。その夢は昼間の出来事を指しているのか今目の前で起こった惨状のことを指しているのかは分からなかったけど。
突然だった。夜遅くだというのに戸を叩く音がして。よせば良いのに良い人ぶりたい両親は二人揃って戸を開けて、聞いたこともないような声を上げたきり声が聞こえなくなった。冬慈が一彦の名前を叫んだ後に凄い音がしたけど何が起こったか分からない。でもお姉ちゃんは何かを察したみたいで私と桃に奥の出口から逃げるよう叫んでくれた。嫌だと、私も桃も叫び返した。お姉ちゃんも一緒に逃げようって。お姉ちゃんは悲しいような困った表情を浮かべて、次の瞬間お姉ちゃんの着ていた薄桃色の着物が真っ赤に染まっていた。

「みこ、と」

倒れ込んだお姉ちゃんはそれだけを口にして動かなくなった。桃は泣き喚いていたけどそれも割りかしすぐ終わってしまって。私はあれだけ逃げろと叫んでくれたお姉ちゃんの忠告を全く聞かずにお姉ちゃんの手を握り続ける。まだ暖かいのにその手はぴくりとも動かない。いつもならぎゅって。握り返してくれる優しい色はもう見えない。

「    」

心からの願いが口から漏れた。それを聞いた黒い服を着た男は酷くつまらなそうに私にもお姉ちゃん達と同じように暴力を振るった。
それで終わり。ううん、違う。お姉ちゃんが動かなくなってしまった時点で私の人生は終わっていた。お姉ちゃんがいないなら生きていたって仕方がないの。


止まる理由はもうない
求めるものも既に失った
それでも彼女は彷徨い続ける
たった一つの望みを口にしながら


拠点も持たずふらふらと気まぐれのように虐殺を繰り返していたその悪鬼が柱によって頚を斬られた時、被害者は三桁を越えていた。その悪鬼は男を好んで殺していたように思われる。特に被害者に多かったのは黒い服を着た男。


その悪鬼は最期に

「かえして」と呟いたと言う


運が良かったのは





※あとがき
あの日凛の家族の元に無惨が訪れるは避けようのない現実でした。結局二人を含め家族は無惨に殺されます。殺したのが無惨か美琴かの違いでした。そして鬼の素質がある美琴は鬼として生き残れますが、凛は死にます。
あの日運良く助かったのは美琴ではなく凛でした。


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