幸せの話 前編



ふと。町を歩く一人の女性に目を奪われた。とても綺麗な着物に身を包んで、幸せそうに微笑んでいる女性。彼女は少し禰豆子に似ていて。
俺は人間に戻った禰豆子に「綺麗な着物を贈りたい」と申し出たがそれは禰豆子にあっさりと断られてしまった。禰豆子曰く、「そのお金はもっと大切なことに使ってほしい」とのことだ。いつも他の人のことばかりで、辛抱ばかり上手くなってしまった禰豆子はやっぱり禰豆子のままで。禰豆子が望まないのなら無理矢理着物を贈っても迷惑になるだけだろうと諦めたが、やっぱり兄として。そして他の家族にしてやれなかった分まで禰豆子を甘やかしたいと思わずにはいられない。

そんな俺を凛は少しむすっとした顔で見つめていた。

「え?凛、どうしたんだ?」
「別にぃ?炭治郎はああいう綺麗な人が好みなんだなぁって思って」

凛の言葉にあっ、と。俺があの女性を目で追っていたことが嫌だったのだとすぐに察した。確かに禰豆子にも少し似ていて綺麗な人だったけれど好みかと言われれば全く。俺の好みなんて自分が独り占めしてるのに、分かりやすく妬いてくれる凛が可愛くて仕方がない。

「凛、俺の好みを知らなかったのか?」
「え?お姉さん系でしょ。蜜璃ちゃん相手になんて鼻血出してたもんね〜」
「む、懐かしい話を。その時俺が言った言葉を覚えてないのか?」
「あれ、何か言ったっけ?」

どうやら凛は本気で忘れているようで首を傾げている。繋いだままの手をもう一度ぎゅっ、と握り直して凛の目を見て真っ直ぐ口を開く。

「誰よりも、凛に興奮するからな?」

俺がそう言うと凛は思い出したようにあっ、と声をあげた。少し恥ずかしそうにして、そしてすぐに微笑んでくれる。

「ふふ、なら許そうかな」

上機嫌な凛を可愛らしいな、と思いながらも俺はあの女性の着物姿が忘れられなかった。


***


「え?禰豆子ちゃんに着物を?」
「うん。でも前に一度断られて…」

宿に着いて一休みをすると、炭治郎は私にそう切り出してくる。そして昼間の一件に合点がいった。炭治郎が女性に釘付けになるなんて珍しくて、その女性に目をやるととても綺麗な人だった。ふぅん、炭治郎ああいう人が好みなんだと。ええ、そりゃあもう妬きました。
ところがあの時炭治郎が見ていたのはあの女性ではなく、あの女性が着ていた綺麗な着物だったわけで。その姿に禰豆子ちゃんを重ねたのだろう。つまり私は見当違いなことで勝手に嫉妬をしてたと。

「凛?」
「…うん。いやその、なんか、ごめん…」
「俺に妬いてくれてる凛は可愛かったから何も謝ることないぞ?」

くっ、何に対して恥ずかしがっているか見破られている…!
私はこほんっ、と咳払いをして話を戻すことにした。

「えっと、禰豆子ちゃんに綺麗な着物を贈りたいんだよね?良いと思うよ!素敵!」
「だけど禰豆子には、そのお金はもっと大切なことに使ってほしいって断られてしまったんだ」

それはとても禰豆子ちゃんらしい。ううん、禰豆子ちゃんだけじゃない。炭治郎も禰豆子ちゃんも。竈門兄妹はいつも自分ではなく他人を優先してしまう優しくて少し困った人なのだ。そんなところが人を惹きつけ、誰からも愛される二人を形成しているのだけれど、二人はもう少し我儘になっても良いと思う。それが自分達で出来ないというのなら背中を押すのは任せてほしい。

「なるほど。炭治郎にとって大切なことって何?」
「え?俺にとっての大切なことは…」

私の問いに炭治郎がハッとした顔をする。
そうだよ炭治郎。炭治郎も禰豆子ちゃんも。もっと「自分のため」に動いていいんだよ。

「ありがとう凛!そうだよな、うん。俺にとって大切なことは、二つしか思い浮かばない」
「へ、二つ?禰豆子ちゃんに着物を贈ることと何?」

私の問いに炭治郎は少し意地悪く微笑む。

「内緒だ」


こうして私と炭治郎は禰豆子ちゃんに贈る着物を探すことを決めた。
どんな色がいいかな。柄はどんなものにしよう。あまり派手すぎない方が禰豆子ちゃんには似合いそうだ。一言に着物と言ってもその種類は多種多様で。どうせ贈るのなら炭治郎が気に入ったものを贈ろうと着物を吟味しているうちに一つの着物に目が止まった。とても優しい色をしていて、禰豆子ちゃんの印象にぴたりと当て嵌まる。

「…綺麗だ」

炭治郎もその着物が気に入ったらしく、すぐにその着物を購入した。禰豆子ちゃんの綺麗な姿が見れるのなら善逸と伊之助にも見てほしいと思い、炭治郎は二人に手紙を出した。


そして、二週間後に私達四人は竈門家に一度戻ることとなったのだった。


大切なこと




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