禰豆子の話 後編


あの後、私はお兄ちゃんにどんな顔をしたのか。何かをお兄ちゃんに叫んだ。叫んで叫んで、部屋に閉じこもってしまったのだ。
なんて、幼稚で浅はかな行動。こんなことをしてもお兄ちゃんを困らせるだけなのは分かっている。それでも、どうしても受け入れることが出来なかった。

「俺達は、二十五歳までしか生きられない」

嘘だと。そう、私はお兄ちゃんに嘘だと叫んだ。お兄ちゃんも嘘をつけるようになったんだねって。でも趣味の悪い嘘は好きじゃないからやめてって。それでもお兄ちゃんは真面目な顔をして話を続けた。

「俺と凛と善逸と伊之助。そして不死川さんと義勇さんも長くて二十五歳までしか生きられないんだ」

やめて!そう言って私は折角帰ってきてくれたお兄ちゃんを怒鳴って部屋へと閉じこもってしまった。
嘘だ。どうして、その六人は私にとってはとても大切な人で、……不死川さんと、義勇さんは今、何歳?

『最期は、蔦子姉さんの側にいたい』

最期。義勇さんは分かっていたんだ。どんどん自分の体が弱っていたことも、自分の死期が近いことも。でもそれは、お兄ちゃんの話を肯定することになる──

「禰豆子ちゃん」

襖の向こうから声が聞こえる。とても優しい、大好きな声。お兄ちゃんの後ろで何も言わずに私を真っ直ぐ見つめてくれていた凛さんの声…

「禰豆子ちゃん。そのままでいいから聞いてほしいの」

開けて、とも落ち着いて、とも言わず凛さんは言葉を続ける。

「私が炭治郎から二十五歳までしか生きられないって言われた時、私はまだ炭治郎と同じ状態じゃなかったの」
「え……?」

お兄ちゃんの方が、先に余命が決まったと言うことだろうか。そして凛さんはその時はまだお兄ちゃんとは違い二十五歳よりも先を生きれる状態だった…?

「結局私も最後の戦いで炭治郎と同じ…痣って言うんだけどね。それが発現すると命の前借りをしていつもの何倍も力を出すことが出来たの」

善逸も伊之助も私と同じ時に痣が発現したんだよ。と凛さんは淡々と語ってくれる。まるで他人事のように、恐れなどなく。

「嫌だよね」
「………」
「私も炭治郎に二十五歳までしか生きられないって言われた時すぐに嘘って思ったもん。認めたくなくて、受け入れられなくて」

それはまさに今の私と同じ心境だ。認めたくない、受け入れられるはずがない。それでも、お兄ちゃんは嘘をつくのが本当に下手で、正直な人で。だから、そんなお兄ちゃんがあんな真面目な顔で私に伝えた言葉が嘘であるはずがないと言うことも分かっていて…

「だけど、先の見えない未来に悲観をしたところで時は止まってくれない。嫌だと嘆いても嘘だと信じなくても、現実は私達を逃してくれない。だったらさ、せめて決められた時間を大切に生きてほしいって思ったの」

きっと私が信じなくても、凛さんの言う通り現実はそれを嘲笑うかのように突きつけてくる。嘆いても、否定しても。行き着く先は同じ……

「……っひ、ぅ…」

ぼたぼたと涙が溢れる。失いたくない。最後の家族であるお兄ちゃんを。大好きな凛さんを、善逸さんを、伊之助さんを。残されるのはもう嫌だった。皆、私の目の前で殺されてしまった。大切な人が息絶えていくのを見るのはもう嫌。だけど、私の知らないところでその命を止めてしまうのも嫌…

「……もう、一人になりたくないんです」

私の大切な人はどうしていなくなってしまうのだろう。私は、そんなに悪いことをしましたか?神様がいるのなら、どうして私から全てを奪うんですか…?

「…うん、分かるよ」

凛さんの寂しげな声が聞こえた。その声に思い出されたのは、彼女と同じ顔をした血塗れの鬼の女の子。

『お兄ちゃんと…仲良くしてね。私は、出来なかったから…』

悲しく優しい笑顔を、私は確かに覚えている。凛さんはあの日、最後の家族を亡くした…。それでも今は、前を向いて歩いている。

「どうしてですが…?」
「ん?」
「どうして、凛さんは…全てを失って、それでも……そんなに強く生きていられるんですか…?」

お兄ちゃんがいない未来を、私は想像すら出来ない。いつも一緒だった。それこそ、鬼になってしまってからもお兄ちゃんは私にいつも声をかけてくれて、一緒にいてくれて。覚えていないこともあっても、お兄ちゃんの優しさはいつも私を救ってくれていた。そんなお兄ちゃんに寄り添ってくれて私にも優しくしてくれていた凛さん、善逸さん、伊之助さん。そんな彼らを二十五歳で。あと、六年か七年で失って、どうすれば私は凛さんのように強く生きれるのだろう。

「幸せに生きるって」
「……え?」
「大好きな妹に誓ったから」

とても優しい声に私は襖を開けた。そこには聞こえた声のまま、優しく微笑んでくれている凛さんの姿があって、凛さんは両手を広げてくれた。私は居ても立っても居られずその胸に飛び込むと、凛さんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。

「炭治郎はね、禰豆子ちゃんに幸せになってほしいんだよ」
「……うん…」
「炭治郎ってさ、昔の仲間達には無惨を倒した英雄なんて言われることもあるんだけど」

ふふっ、と凛さんがおかしそうに笑う。

「炭治郎は英雄になりたかったんじゃない。ただ、禰豆子ちゃんを人間に戻して幸せになってほしかっただけなんだよ」

そのためにお兄ちゃんは、刀を握り続けた。生き残った妹が幸せな未来を歩むために。

「そんなお兄ちゃんの願いを叶えられるのは、禰豆子ちゃんだけ」

凛さんの言葉にうわあぁと声を出して泣いた。失いたくない、残されたくない。だけど、それ以上にお兄ちゃんにも凛さん達にも笑っていてほしい。せめて、残された時間を幸せに過ごしてほしい。最期の時に、不安を残してほしくない。だったら私は──


「禰豆子、凛」

散々泣いた後、私は凛さんに優しく手を引かれてお兄ちゃんのところへと戻ってきた。心配そうな表情。そんな顔をさせたかったわけじゃない。

「お兄ちゃん、ごめんなさい。もう…大丈夫」
「禰豆子……」
「お兄ちゃんや凛さんと…お別れが来ることを今はまだちゃんと考えれないけど、でも…」

残された時間は決まっている。きっと、覆ることはないのだろう。なら。

「お兄ちゃんや凛さんと過ごせる一日一日を、大切に生きたい」

私がそう口にするとお兄ちゃんはとても驚いたような顔をしていて、私の隣にいた凛さんと同時に吹き出した。

「な、なんで笑うの!?」
「いや、昔同じようなことを言われて救われたことを思い出したんだ。なあ凛?」
「ふふ、どうだったかな」

優しい空気が流れている。お兄ちゃんも凛さんも笑っていて、幸せそうで。私がずっと見ていたいのはこれなのだと確信が持てる。

「俺は、禰豆子の幸せを誰よりも願ってるよ」

お兄ちゃんは嘘をつかない。
だったらその願いを叶えられるのは私しかいないじゃないか。

「うん、誰よりも幸せになるからね」

そう言うと、お兄ちゃんは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。

願い




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