禰豆子の話 前編



お兄ちゃんと凛さんと善逸さんと伊之助さんはヒノカミ神楽である「鬼滅の刃」を放つことが出来る。そんな彼らの出した結論は「今でも鬼として苦しんでいる人を救いたい」ということだった。

「でもさぁ、この家に禰豆子ちゃん一人を置いていくのは心配だから炭治郎は残んなよ」

そう言ってくれたのは善逸さんだった。我儘を言うのなら、一人残されるのは寂しかった。だけど私も鬼として苦しい思いをした身だ。今でも鬼として苦しんでいる人を救ってほしいと思うのは私も同じだった。

「善逸さん、ありがとうございます。でも、私のことは気にしないでください」
「禰豆子ちゃん…でも……」
「えっと、禰豆子が良ければなんだが」

実は、とお兄ちゃんは口を開いた。その案に凛さんと伊之助さんはすぐに賛成してくれたけど善逸さんは「はぁー!?男の子はオオカミなのよ!?」と大反対をしていたが当の本人が「禰豆子が望まないことをしたら腹を切る」と言ったため渋々頷くことになったのだ。

「今日からよろしくお願いします、義勇さん」
「…ああ。俺こそ、世話になる」

その案とは義勇さんが私と共にこの家で生活をしてくれるということだった。義勇さんは私達の命の恩人で返し切れないほどの恩がある。お兄ちゃんが私を一人残していくことを相談すると「俺が禰豆子を守ろう」と心強い言葉を返してくれたのだと言う。

義勇さんとの生活はとても穏やかだった。あまり口数は多くないけれど、実は表情によく出る人で。好物の鮭大根を作った日なんて目をまんまるくして平らげてくれたのは今でも覚えている。まるでもう一人兄が出来たみたいで、本当に楽しかった。
お兄ちゃんや凛さん、善逸さんに伊之助さんからもよく手紙が届き多くの鬼を人に戻すことに成功していると知ると目を細めて微笑んでくれた。本当に、穏やかな日々だった。

そんな日々を過ごしてあっという間に三年が経ち、少しずつ日常が壊れていっていることに私はすぐには気付けなかった。
例えば朝は毎日同じ時間に起きていた義勇さんがお寝坊をよくするようになったり、以前よりも食が細くなったり動くことが少なくなったり。具合が悪いんですか?と聞いても義勇さんは「問題ない」の一点張りだった。それでも日に日に痩せていく義勇さんが心配になりアオイちゃんとカナヲちゃんに手紙を出したら二人はわざわざ遠いのにも関わらず私達の家へとやってきてくれた。

「冨岡さん、お久し振りです」
「ああ」

以前会った時よりも大人びてしっかりとしたアオイちゃんとカナヲちゃんに少しだけ緊張しながら、お辞儀をすると二人とも優しくお辞儀を返してくれる。

「…承知かと思いますが」
「分かってる。何も言わないでくれ」

アオイちゃんと義勇さんは詳しく病状を語るわけでもなく、それだけで話を切り上げてしまった。その様子に困惑しているとカナヲちゃんが声をかけてくれる。

「禰豆子ちゃん」
「カナヲちゃん…義勇さんは大丈夫なの…?」

カナヲちゃんは本当に、本当に綺麗に微笑んでくれた。是とも否とも取れないその表情に胸がざわつく。もしかして、義勇さんは本当は大きな病なのかもしれない。

「炭治郎に手紙を出しておいたの」
「え?」
「きっと、近いうちに帰ってくると思うから」

どうしてカナヲちゃんがそんなことを言ったのかはこの時は全く分からなかった。だけど、アオイちゃんとカナヲちゃんが訪れてくれた一月後に、カナヲちゃんの言った通りお兄ちゃんと凛さんが家に帰ってきてくれた。

「おかえりなさい!お兄ちゃん、凛さん」
「禰豆子、ただいま」
「ただいま、禰豆子ちゃん」

手紙は頻繁に届き、近くまで来た時は必ず家へ寄ってくれていたけれど本当に家に二人が帰ってきてくれたのは三年振りで、私は嬉しくて舞い上がっていた。

「義勇さん!お兄ちゃんと凛さんが帰ってきましたよ!」

私が興奮気味に言うと義勇さんは柔らかく笑ってくれる。義勇さんは起きていてもじっとしていることが多くなってしまい、その体は三年前に比べてすっかり小さくなってしまっていた。今日こそお兄ちゃんと凛さんの力も借りて都会の大きな医者に見てもらうよう説得しようと密かに意気込んでいたのだ。

「炭治郎、凛」
「…義勇さん。本当に、ありがとうございました…!」

義勇さんの姿を見るなり、お兄ちゃんと凛さんは膝をつき、手をついて深々と頭を下げた。二人の突然の行いに動揺していると義勇さんは「炭治郎」と優しくお兄ちゃんの名前を呼んだ。

「お前から話せ」
「……はい」

たったそれだけの言葉で、お兄ちゃんは全てを察したようだった。


私達三人がいくら引き止めても義勇さんはこの家を出ていくと決めていて、どうやっても首を縦に振ってくれない。三年間も一緒に過ごしてのだ。私にとって、義勇さんは紛れもなくもう一人の兄で、家族だった。縋る私の頭を義勇さんは優しく撫でて、その言葉を口にした。

「最期は、蔦子姉さんの側にいたい」

えっ、と。その言葉に背筋が凍ったような錯覚に陥る。最期って、何?義勇さんはそんなに悪い病気だったの?

「禰豆子、幸せになれ。お前の幸せが俺達の幸せだ」

いつも通り、飾らない言葉を残して義勇さんは家を後にした。明確な別れの言葉を口にしたわけではない。それでも。もう二度と義勇さんに会うことは出来ないのだと確信した。

「お兄ちゃん…何か……知ってるの…?」

声が震える。カタカタと、歯だって鳴ってる。お兄ちゃんが何を知っているのか、義勇さんはどうしてあんなことを言ったのか。悪い想像ばかりが膨らむけど、そんなの考えすぎたよって。きっとお兄ちゃんなら笑い飛ばしてくれるはず。

「禰豆子、大切な話がある」

お兄ちゃんが口にしたのは

「俺達は、二十五歳までしか生きられない」


受け入れることなんて到底無理な現実だった。


兄は嘘をつかない




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