親愛なるあなたへ



暖かい風が吹いている。
眩しいほどの日射しを浴びながら、私は数え切れないほど目を通した書物をまた初めから読み直す。
頁を捲るごとに筆跡の違う字が並んでいて、まるであの時に戻ったような賑やかさが私の胸の中に甦る。

「おばあちゃん、何読んでるの?」

私の読んでいる書物を覗き込むと、その子はまたそれ?と飽きたように私の書物を数頁捲る。

「また鬼退治の話読んでる!本当に鬼なんていたの?」
「おばあちゃんは昔、鬼になったことがあるんだよ」

私の言葉にその子はえー!と驚いた声を上げる。

「こわーい!鬼って悪いやつなんでしょ?おばあちゃんも悪いやつなの?」
「そんなことないよ。人間も鬼も。皆一人一人に命があって、考えがあって、想いがある。この世に根っからの悪い人なんていないんだよ」
「ふーん?」
「それよりも、今日は上手く舞えそう?」
「うん!私、ヒノカミ神楽大好きだもん!」

そう言ってその子は可愛らしくヒノカミ神楽の冒頭部分を舞う。
怪我や災いが起きないよう、年の始めにはヒノカミ様に舞を捧げてお祈りをする。それは私が生まれる前からの伝統で、だけど時代が進むにつれて以前のように一晩中舞うのではなくお祭りの一環として集まった皆で楽しく舞うものへと変わっていった。その子も笑顔で、本当に楽しそうにヒノカミ神楽を舞っている。その姿に皆の姿が思い起こされた。

「いつか、おばあちゃんよりも上手に舞うからね!」

笑顔でそう言い残すとその子は私の元を去ってしまい、それを笑顔で見送った後、私はまた初めからその書物の頁を開いた。



【俺様達は、鬼にされた奴らを片っ端から人間に戻してやった!悩む奴らも多かったけど、やっぱり皆人間に戻れて喜んでたぜ!】

大きくてちょっと乱暴な字。いつも元気いっぱいで、頼もしくて。先頭を走っていく力強い姿が思い返される。どんな時でも決して折れずに最後まで皆を鼓舞してくれて、誰よりも命に真摯に向き合う姿を尊敬していました。


【こんな俺でも多くの鬼を人に戻せたんだ。ありがとうって言われる度にちょっとむず痒かったけど嬉しかったよ。たくさんの人の役に、俺は少しでも立てたかなぁ】

少し丸くて可愛らしい字。普段は一番騒いでいたのに、何かあれば誰よりも速く駆けてく姿は格好良かった。いつも私のことを気にかけてくれて、まるでお兄ちゃんがもう一人増えたみたいで…私は幸せ者でした。


【幸せな日常を奇跡だと思った事はありますか?些細なきっかけで世界は一変します。それでも諦めないで。必ず貴方を見つける人がいるから。】

優しくて暖かい字。鬼だった私を一度も軽蔑せずに本当のお姉ちゃんみたいに優しくしてくれて、最後は本当にお姉ちゃんになってくれた。私もお兄ちゃんも貴女に出会えたことに感謝しています。いつもお兄ちゃんの隣で幸せそうに微笑む貴女が大好きでした。


【鬼は哀しい生き物だと俺は知っている。そして手を差し伸べてくれる人がいるのも俺は知っているんだ。次は俺が手を差し伸べる番だ。】

読み慣れた大好きな字。いつも優しくて暖かくて…誰よりも自分の大切な人達のことを想っている人。こうと決めたら絶対に曲げない頑固な性格。その強い意志のおかげで私は今、日の下で生きているよ。お兄ちゃんの妹として生きれて、私は幸せでした。


『禰豆子!』


目を瞑ればいつだって皆の笑顔が思い浮かぶ。
私の人生はこんなにも幸せに溢れていた。きっと、胸を張って皆に会えると思うんだ。その時がきたら沢山話を聞いて欲しい。聞かせたい話が山のようにあるから。


太陽の下で、今日も私は幸せな日々に思いを馳せるのだった。


太陽にあこがれて 終




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