最終章 参
※「はじめに」に記してある通り原作とは全く違った展開を迎えます。
「駄目です!斎藤さん…!傷が開いたら命に関わります…!」
刀を手によろよろと立ち上がる私に治療をしていてくれた隠の人が涙ながらに訴えてくる。
私のお腹の傷は相当深いのだろう。手当てのおかげで一命は取り留めてるものの、無理は許されない状態なのは確かで。だけど、ここで動かないのなら死んだほうがマシだった。
「いってきます」
そう隠の人に言い残して私は駆け出す。
お腹は痛い。だけど、もう体中痛いんだから関係ない。私は叫び声の聞こえた方へ今出来うる限りの全速力で向かえば、鬼になってしまった炭治郎が伊之助に襲いかかる寸前で、私は刀を構えてその一撃を防いだ。
「凛!?」
「痛ぁ……炭治郎……!」
ギリギリと、炭治郎が私を刀ごと押し込んでくる。踏ん張りも聞かず、力だってもう残っていない。だけど炭治郎。炭治郎に伊之助は殺させない──!
「グウゥウウ!!」
私と伊之助を思い切り弾き飛ばして炭治郎が追い討ちをかけるように襲いかかってくる。痛みと炭治郎の速すぎる攻撃に対応出来ずにいると、私達の前にぼろぼろになった金色が炭治郎の速度を越えて姿を現した。
「炭治郎さぁ、……いい加減帰ってこいって…!」
善逸の目元に、見たこともないものが浮き出ている。あれは……
「凛も禰豆子ちゃんも、お前のこと待ってるんだぞ?」
善逸は体中傷塗れで限界だった筈だ。なのに炭治郎の速さに追いついている。目元に浮かんでいるのは間違いなく「痣」だ。善逸は、私達を、炭治郎を守るために……
「ガアアアア!!」
「っく、そ…!」
それでもほとんど満身創痍の善逸は炭治郎にどんどん押されていき、片膝をついてしまう。そんな善逸を庇うように私よりも先に動いたのはさっきまで涙を流していた伊之助で……
「炭治郎!!元の炭治郎に戻りやがれ!!」
伊之助の首元にもまた、「痣」が発現していた。
善逸と伊之助は、もう立てているのも不思議なくらいぼろぼろなのに炭治郎を止めようと命をかけて戦っている。
後のことなんて何も考えていない。
ただ、炭治郎を助けたい。それだけで……
『そういえば炭治郎。たまに最後にやってるあれは神楽じゃないの?』
──思い返されたのは、在りし日の記憶。
「え?最後って?」
「えっと、こういう……」
両手を合わせてからゆっくりと構え、右手を目の前に差し出して、少ししたら元の位置に戻すだけの簡単に見える動作をすると炭治郎がああ、と笑ってくれる。
「凄いな。それはあまりやったことがなかったんだけどちゃんと見ててくれたんだな」
「え、そうなの?」
「うん。ヒノカミ神楽は十二の型を繰り返して舞うんだけど、その動きは本当に一番最後にしかやらないんだ」
炭治郎はだからこの型は鍛錬の終わりにしか使わないんだよって言っていた。
「お兄ちゃん!」
「!!」
隠と共に姿を現した禰豆子ちゃんが炭治郎に飛びつく。その姿は人間そのもので、禰豆子ちゃんはついに人間に戻れたのかと喜ぶ暇もなく、鬼になってしまった炭治郎に禰豆子ちゃんは臆することなく抱きついた。
善逸も伊之助も、手出しはしないけれどいつでも動けるように集中している。二人とも痣が出たままで、今でも命を燃やしているんだ。
「お兄ちゃん、頑張って、頑張ってお兄ちゃん…!」
それはこの兄妹しか知らない、始まりの言葉。
あの日、兄は妹に言った。「頑張れ」と。
今、妹は兄に縋る。「頑張って」と。
──それは、奥底に眠った記憶を呼び起こさせる。
「お兄ちゃん……!」
「うぁ、ぐうぅ……」
炭治郎がぼろぼろと涙を流して、堪えるように頭を抱えて膝をつく。敵意はない。だけど、鬼である身は変わらない。
私はずっと考えていた。鬼を人間に戻す方法はないかと。そんな都合が良いものはないと言われ続けたけど、どうしても諦めきれなかった。
「炭治郎、鬼になったのは炭治郎のほうだったね」
あの日。私が鬼になったら斬ってくれるかと炭治郎に尋ねた。炭治郎は笑って「凛がもし鬼になっても俺が必ず助けるよ」と言ってくれたんだ。
私もだよ炭治郎。炭治郎のことを助けたい。もうこれしか方法が思いつかないけど、きっと上手くいくって信じてる。
刀を持って、ゆっくりと炭治郎の元へと歩み出す。
なんだか体が軽くて、筋肉の一つ一つが私のいうことをきいているのが分かる。
「……凛、その模様は…?」
「……お前…」
善逸と伊之助の声が震えている。
でも、もう何も怖くなかった。
「炭治郎、好きだよ。誰よりもあなたを愛してる」
そう言って私は刀を持ったまま、両手を合わせる。
私の意図を察した善逸は炭治郎に抱きついている禰豆子ちゃんを引き剥がしてくれる。やめて、と叫ぶ禰豆子ちゃんの声が聞こえた。
「その最後の型にも名前はあるんだ」
「名前?円舞みたいに?」
「うん。この型の名前は──」
「ヒノカミ神楽 終ノ型」
ゆっくりと、私は炭治郎の胸に刀を突き刺した。
「──鬼滅の刃」
まるでその動きは祈りのようだね、と。
あの日私と炭治郎はお互い口にしていたのだった。
祈りの型
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