最終章 弐



無惨を外に出せたのはかなりの僥倖だったことは間違いない。それでもこの鬼は強すぎる。あれだけ鍛えたにも関わらず攻撃の全ては見切れずどんどん私達の傷が増えていくだけだ。
そしてそんな私達を庇うために、今まで共に過ごしてきた仲間が身を挺してその命を散らしていく。
ここは地獄だ。まるで塵屑のようにあの鬼は人の命を奪っていく。どうして、こんなことができるのだろうか。

「ぐあああ……!!」
「炭治郎…!?」

私の側にいた炭治郎が突然蹲って倒れてしまう。駆けつけると炭治郎は口から血を流して、斬られた目には腫瘍のようなものがついている。咄嗟に炭治郎を抱き上げて距離を取らせると村田さんや他の隊士の人たちがいたのですぐに炭治郎を任せることに決めた。

「炭治郎……」

脈はある。弱々しいけど、まだ生きているのが分かる。
炭治郎はよく頑張ったよ。こんなに傷だらけでさ。いつも人一倍頑張っちゃうんだよね。そんなところも好きだった。
今も無惨と柱の皆が苦しそうに戦っているのが見える。私が加勢をしたところで、死人が一人増えるだけだろう。それでも、少しでも誰かのことを楽に出来るのなら私は行かなければ。

「いってくるね」


それだけを言い残し、私はまた無惨の元へと駆けつけた。
多くても無惨の腕の三本しか捌き切ることが出来ない。そして、その一撃はどれも食らえば致命傷になるほど重く、鋭い。そのうえ無惨の攻撃には毒があり掠っただけでも私達の体を蝕んでいく。化け物だ、この鬼は。
そのうち蜜璃ちゃんが重傷を負い、私達も傷を負うごとに体に毒が回り呼吸の乱れは酷くなる一方だった。
炭治郎を戦闘不能にしたのもこの無惨の毒だ。夜明けまで私達が保つ可能性は……

「っ、え!?」

無惨に集中していると、何か針のようなものが私の腕に刺さった。新手の毒かと思ったが、それは私達を蝕んでいた無惨の毒の進行を止めて呼吸もさっきまでと比べて格段に楽になった。だが、それでも場は好転しない。伊黒さんの動きが途端に鈍くなり、無惨はそれを逃すまいと殺しにかかる。間に合わない、体ごと庇わなければ…!
私と伊黒さん。この場でどちらに価値があるかなんて一目瞭然だった。

「!? 凛!」

伊黒さんが私の名前を呼ぶ。私は無惨の一撃から伊黒さんを庇うために全速力で彼に体当たりをしたのだ。体勢を立て直す暇なんてない。衝撃に備えて身を硬くしていると突然体が宙に浮いた。

「!?」

そして、そんな私を逃がさんとする一撃もそのまま引っ張られるように空中で避けさせられる。
あまりにも場が混乱していて分かりにくいが、明らかに空気の揺れが増えている。これは…!
ぺし、と頭を叩かれる感覚と共にそれは姿を表した。

「ったく、俺に死ぬなって言ったのに死にそうになってるんじゃないよ!」
「善逸!」

善逸が私の頭に貼り付けたのはよく分からない札だ。この札を付けると姿が見えなくなるんだ!
善逸はひいぃ!なんて涙目になりながらも無惨に斬り込み、善逸と共に姿を現した伊之助とカナヲも加わり人数に余裕が出来る。
──いける!無惨を倒せる!

そう思った途端、私達の視界は一気に暗転するのだった。


***


「お姉ちゃん」

美琴の声が聞こえる。
…ああ、死んだのかな私。
目を開けると美琴が優しい顔で微笑んでいる。

「…美琴」
「お姉ちゃん、いつまで寝てるの?」

でも、体中が痛いんだよ美琴。
お腹なんてずっと熱いしさ、私にしては結構頑張ったと思うんだよ。

「でも、お姉ちゃんは起きなきゃ駄目」

誰かの声が聞こえる。美琴じゃなくて、何人も。
私を呼ぶのは誰?

「後悔のないように、生きよう」

美琴に重なって、炭治郎の姿が見えた気がした──


「ああああ!斎藤さん…!お、起きた…!?生きてる…!?」

目を覚ますと既に日は登っていて、隠の人が涙を流しながら私の顔を覗き込んでいた。辺りには悲しい空気が漂っている。あの後、どうなったの?無惨は、倒せた?皆は生きてる?そう口にしたくてもなかなか声が出ない。気を抜けばすぐに意識を失ってしまいそうだ。

「無惨は倒したよ…!皆で倒してくれたんだ…!」

その事実に嬉しさと悔しさが募る。
結局、私は何も役に立てなかったな。大切な時には意識を失ってしまっているし、のうのうと生き残ってしまっている。他のみんなは…?


「動ける者ー!!武器を取って集まれー!!」

叫び声が聞こえる。集まれと。そして、

「炭治郎が鬼にされた!太陽の下に固定して焼き殺す!」

その言葉に私は目を見開いた。

「人を殺す前に炭治郎を殺せ!!」

目を覚ましたほうが、地獄だったのか。
だけど目を覚さなかったら一生後悔してたね。ありがとう、美琴。

痛む体に鞭を打って、すぐ近くに転がっていた刀に手を伸ばす。大丈夫、体はまだ動く。
美琴が鬼になってしまった時、私は無力だった。震えて、泣いて、怯えて。何も出来なかった私。
だけど今の私には力がある。皆と比べたら微量なものだけど、それでもあの時とは違う。

「炭治郎…」

早く、あなたに会いたい。
あの叫びが本当なら、炭治郎は鬼になってしまっているのだろう。
いつも優しくて、真っ直ぐで。今となっては全てに惹かれている。大切なものはもう、二度と失いたくない。

「一緒に、方法を探そう」

口にしたのは彼と初めて出会った日に交わした約束だった。

その約束を胸に




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