最終選別編 弐


俺のことを助けてくれたこの子は斎藤凛と名乗って、少し話をしようと誘ってくれた。
俺も人と話したいと思っていたから彼女の提案は嬉しく、二人で木のみを食べながら話をした。
育手の訓練が厳しかったこと、思ったよりも多くの鬼がこの山にはいたこと。凛は一緒にいて凄く落ち着く匂いがする。心地が良い。優しい子なんだろう。

「炭治郎はどうして鬼殺隊士になりたいの?」

そう聞かれて俺は少しだけ答えに悩んだ。
俺が鬼殺隊になりたいのは鬼にされた妹の禰豆子を人間に戻す方法を探すためだ。だけど、妹が鬼だと伝えたら驚かせてしまうだろうか。
答えに悩んでいると、凛は申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん、聞きたくないこと聞いちゃったかな」
「いや、違うんだ。…俺は、鬼にされてしまった妹を人間に戻す方法を探すために鬼殺隊になることを選んだんだ」

俺も凛もこの最終選別を突破すればいずれは禰豆子のことは知ることになるだろう。それなら、俺の口から伝えたかった。
俺の言葉に凛は驚いた表情をした後、酷く悲しい匂いをさせて沈黙してしまう。

「…妹は鬼になってしまったけど、誰も襲ったことはないんだ。だから俺は…」
「私もね、鬼を人間に戻す方法を探してるの」
「え?」

凛は俺にとっては嬉しく、だけど信じられないような言葉を口にする。
鱗滝さんは言っていた。鬼殺隊士の多くが鬼を恨んでいる者だと。妹のことを受け入れてもらうのは至難かもしれないと。俺もそれは覚悟していた。だからまさか、

「だから、炭治郎の妹も絶対に元に戻れるって信じてる。一緒に方法を探そ!」

こんなことを、嘘偽りのない匂いをさせて言ってくれる人がいるなんて思っていなかった。

「…ああ、ありがとう!凛…!」

そう言うと凛は優しく微笑んでくれた。


***


炭治郎と別れ、夜を迎え…そして七日目の朝が来た。最終選別が終わる日だ。
入り口に戻ると説明をしてくれた可愛らしい二人に迫る猪頭を被った人…?に目を奪われる。え、人?猪?
彼は何かを受け取ると、颯爽と山を降りて行ってしまう。一体なんだったのだろう。彼も選別を乗り越えた一人だったのだろうか…

そんなことを考えながら辺りを見渡しても炭治郎の姿が見当たらない。もしかして、まさか…。あんなに良い子だったのに、やっぱり一緒に行動したほうが良かったかな…。
そんな心配をしていると炭治郎が入り口に戻って来たのが目に入る。良かった、と笑顔で手を振ると炭治郎もそんな私に気付いたのか笑顔で手を振り返してくれた。

私達が集まったのを確認して、二人は色々なことを説明してくれる。が、正直なことを言うとかなり疲れてるし、帰って寝たい。二人は何やら難しい単語を沢山並べてるけど無理だ、覚えられない、眠い。
二人のうちの一人がパンパン、と手を叩くと鴉がやってきて私の肩へと止まる。彼らは鎹鴉と呼ばれていて連絡を私達に届けてくれるようだ。

「よろしくね」

肩に止まった鴉の頭をちょんちょん、と撫でると鎹鴉はカァ、と一声鳴いてくれた。

「どうでもいいんだよ、鴉なんて!」

そう言って男の子が鴉を振り払い、説明していた子を殴り付けた。なんてことをするんだ!と止めに入ろうとしたら私よりも早く炭治郎がその男の子の手を掴んだので、私は殴られた子の元へと駆けつけた。

「大丈夫ですか?この包帯良かったら使ってください」

そう言って包帯を差し出すと、その子は少しだけ目を見開いてありがとうございます。と包帯を受け取って懐へと仕舞った。痛いはずなのに、顔色一つ変えない。その姿が少しだけ痛々しい…

「ぐっ…」

男の子が苦しそうな呻き声に顔をあげて炭治郎から距離を取った。嫌な音が聞こえた気がするけど、もしかして炭治郎。腕を折ったのかな…?
男の子の痛がる様子を見て、あららと思いながらも私は彼にも包帯を差し出した。

「これ、使う?」
「! いらねえよ!」

手をバシっ、と叩かれて包帯が転がっていってしまう。それだけ元気なら大丈夫かな。でも折れてるなら相当痛いはずなのに…と私は落とされた包帯を拾いに行こうとすると金髪の男の子が包帯を拾って私に渡してくれる。

「ありがとう」
「き、君怖くないの…?」
「何が?」
「だって、あいつら…怖くない?」
「うーん、別に…?」

えええ…と顔を真っ青にしながら金髪の少年が身を竦める。そんなことより、彼の肩にいる雀はなんだろう?彼のお友達かな?可愛いなぁ。

「お話は済みましたか?」

その声に呼び戻され、私達は刀を作る鋼を選び、隊服を渡されて個々に帰路へとついた。
皆疲れていたのかあれからは誰一人口を開くこともなく解散するのだった。


「嗣莉さんただいま…」

久々にこんなに疲れたなぁ、と思いながら嗣莉さんに帰還を伝えると嗣莉さんが飛びつくように私を抱きしめてくれた。ちょっと痛いくらいだけど、こんな嬉しそうな嗣莉さん初めて見て私も嬉しくなってしまった。生きて帰ってこれて良かった…


それから十五日後。
刀を打ってくれた鉄東さんと名乗るひょっとこのお面を付けた人が訪れ、私に刀を渡してくれた。

「拙者の打ったこの刀で、鬼を成敗して頂きたい」

少し変わった喋り方をする人だったけれど、優しい口調で日輪刀についての説明をしてくれる。この刀は持ち主によって色が変わると言うのだ。
少し高揚感を覚えながらも刀を抜くと刀がみるみる緑色に染まっていく。

「お、お前ちゃんと風の呼吸に適性があったんだな」
「え!?なかったらどうしたんですか!」
「呼吸が体に合ってないから、自分に合う呼吸探しからやり直しだったな」

なんて嗣莉さんが恐ろしいことを言うものだから、緑色に染まってくれてありがとう…!と私は日輪刀にお礼を言う。そんなことをしていると一羽の鴉が私の元へと飛んできた。

「カアァ!斎藤凛!任務ダ!西ノ町へ向カエ!」

私の鎹鴉。名を十蔵という。十蔵君が早速任務を言い渡し、ついに私は鬼殺隊としての人生を歩むこととなる。
後悔はしてない。私には、果たさなければならない目的があるから。
支給された隊服を着て、羽織を羽織る。
隊服とはこういうものなのか。今まで着たことのないような服に、足を曝け出すなんて初めてだ。動きやすくするためだろうか。

「お前なんで隊服の下短いんだ?」
「え!?なんか違うんですか?」
「まぁ、女は愛嬌も必要だからな。かわいーかわいー」
「うっわ、心がこもってない…」

嗣莉さんの着ていたものとは少し違うらしいが、この服は通気性が良く濡れにくく燃えにくい。更に強度も高いので雑魚鬼では隊服を裂くことすら出来ないそうだ。
私は大きく息を吸って目を閉じる。大丈夫、空気は、風はいつも私の味方をしてくれる。
ドクドク、と早まる鼓動を落ち着けるように息を吐くと嗣莉さんがバシっと私の背中を叩いた。

「行ってこい」

信頼に満ちた、優しい声。
別れが名残惜しくて少しだけ泣きそうになるのを堪えて私は嗣莉さんに深くお辞儀をした。

「嗣莉さん、四年間本当にありがとうございました!行ってきます!」


私は、鬼殺隊士 斎藤凛だ。

旅立ちの日




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