柱稽古編 参


私が滝行をやっと終える頃、炭治郎と善逸と伊之助は岩を動かす訓練へと移っていた。
やっぱり私にはなかなか厳しい修行になるよな、なんて思いながらも実のところ皆と過ごせる時間が多いのは少しだけ楽しくて、だけど禰豆子ちゃんになかなか会えないのは寂しいねと炭治郎に言うと炭治郎も「うん、俺も寂しい」と言っていた。


「ん、凛。休憩中か?」
「うん。これが食べ終わったら向かおうかなって」
「そっか…ここいいか?」
「うん。玄弥も食べる?」
「いや、俺はいいよ」

玄弥がよいしょ、と私の側に腰を下ろす。
どうしたんだろう。なんだか元気がないなと思いながらも玄弥が話し出すのを待っていると玄弥は口を開いてくれた。

「兄貴にさ…弟なんていねぇって言われたよ」
「は、え?」
「鬼殺隊も辞めろって言われたし…目潰しまでされそうになった…はは、嫌われたもんだな」

ああ…炭治郎と実弥さんが乱闘騒ぎになったのはそういうことだったのか。
実弥さんはとても優しいのに寂しい人だと思う。私を通して玄弥を見ているくらい、弟のことが大切なのに遠ざけることで玄弥を守ろうとしているんだ。それが例えお互いを傷つけることになったとしても。
だけど、玄弥は追ってきてしまった。自分の大好きな兄を。

「そうかなあ。実弥さんは玄弥のこと嫌いじゃなと思うけど」
「…いや、嫌われてるだろ…だってあんなに怒って…」
「うん。実弥さんの立場になれば怒るんじゃないかな?」
「え?」

残っていたおにぎりを食べきってご馳走様と手を合わせる。
私の言葉の意味が全く分からないという顔をした玄弥に私は私の考えを語る。

「だって、実弥さんは多分玄弥に幸せになってほしくて鬼殺隊になったんじゃないかな。それなのに玄弥まで鬼殺隊になっちゃったから、それなら突き放してまた鬼殺隊から追い出すつもりなんじゃない?」
「なんで、どうしてそこまでして遠ざけるんだ…?
「玄弥に死んでほしくないから」

私の言葉に玄弥が目を見開く。
正直なことを言うと私が実弥さんのことを全部理解出来てるわけではない。私はただ、実弥さんは見た目よりも優しくてちょっと不器用な人だって知ってるだけ。

「でもそれは玄弥も同じなのにね?」
「え……」
「玄弥だって実弥さんに死んでほしくない。実弥さんに会いたくて、厳しい選別も乗り越えてここまで来たんだよね」
「…ああ……」
「だったら玄弥、諦めないで。実弥さんは玄弥のこと嫌いじゃないと思う。ここまできちゃったんだし実弥さんが折れるまで会いに行くのもありだよ?」
「凛……ありがとう」

手伝えることがあったら私も手伝うよ!と笑えば玄弥はやっと笑顔を向けてくれるのだった。
私は実弥さんのことも玄弥のことも本当に大好きだ。二人とも優しくて、少し世話焼きで。そんな二人が笑顔で一緒にいられる日がくるといいなって本当に願ってるんだよ。


***


炭治郎と私は悲鳴嶼さんの訓練を全部終えて、水柱である冨岡義勇さんのところへ向かうことになった。私の岩は皆よりも小さいものなので岩を押す修行は簡単に終えてしまったが悲鳴嶼さんに大丈夫かと問えば「筋力をつけすぎても型に支障が出る」と言ってもらえたため次の稽古に移動することになった。伊之助と玄弥はあと少しかかりそうだ。
そして気になるのが…

「善逸」

岩の近くに座り込んでいる善逸に声をかける。お昼ご飯を届けに行った炭治郎は「やっぱり善逸の様子が気になる、心配だよ」と落ち込んだ表情を浮かべていた。
それは私も同じで。善逸は嫌だと叫びながらも真面目に柱稽古に取り組んでいた。実弥さんの稽古から逃げ出そうとしたこともあったけれど、結局は最後までやり遂げている。
人は辛い時に素直に辛いと言えない人のほうが多い。どうしても強がってしまったり、自分に甘いと錯覚してしまうからだ。
だけど善逸は辛いとか嫌だと言う言葉を口に出してくれる。それを聞くと辛いのは自分だけじゃないと安心すら出来たというのに。

だけど善逸はある日を境に突然叫ぶことも私達と連むこともなくなって黙々と鍛錬に励むようになった。それは隊士としては正しい姿なのかもしれない。だけど、心配なものは心配だ。

「善逸、何があったかは聞かないほうがいいよね?」

善逸にそう問いかけると善逸は私に目線を合わせて少しだけ寂しそうに笑った。

「凛って本当にそういうとこあるよね」
「え?」
「ほんと、怖い女」

え、私は何か悪いことでも言っただろうか。
だけど善逸に怖い女と言われ「ご、ごめん…」と謝れば善逸は口元にだけ笑みを作る。

「違うよ逆。俺が聞かれたくないってなんとなく分かってるから、無理に聞く気はないんでしょ?」
「…うん。言いたいなら、善逸なら隠さず言ってくれると思うから」
「当たり。俺は言いたくないし聞いてほしくもない。それを凛はなんとなくで汲み取っちゃうんだもんな」

怖い怖い。と善逸は悲しい空気を隠すこともなく言う。
善逸に何かあったのは間違いなかった。だけど善逸がそれを言いたくないと言うのならその意思を尊重したい。だけどね、善逸。

「善逸、死なないでね?」
「……え?」
「なんだか、昔の私を見てるみたい」

今の善逸は美琴を殺して私も死ぬ、と言っていた時の私を見ているようで。何かを成し遂げたら死ぬつもりなんじゃないかと心配になってしまう。

「私も炭治郎も伊之助も。善逸に関わった人は皆善逸に死んでほしいなんて思ってないからね」
「……凛」
「何があったかは知らないし、善逸が言いたくないなら聞く気はないけど。元気になったら皆で美味しい鰻でも食べに行こ!」


***


俺は、爺ちゃんのことも獪岳のことも誰にも言うつもりはない。獪岳が鬼になり爺ちゃんが腹を切った。初めて俺のことを見てくれた爺ちゃんはもう、この世にはいない。
炭治郎も伊之助良いやつだ。二人とも「何かあったのか?」と心配そうな音をさせながら聞いてきたし、いつも俺のことを気にかけてくれていた。
そんな優しい二人だから、絶対に巻き込みたくないんだよ。

「善逸、何があったかは聞かないほうがいいよね?」

だっていうのに、凛は最初から俺の意を汲んで話を聞こうとしなかった。大丈夫だと嘘を吐くのも、ありがとうと返すのすらキツかった俺に、凛は最初から逃げ道をくれる。
凛はそういう奴なんだ。その時その人が言ってほしいことを嘘偽りのない音をさせながら言う。ほんとにさぁ。

「怖い女」

お前と喋ってると心が丸裸にされそうになるんだよ。
炭治郎みたいに最初から心が綺麗なやつは良いかもしれないけど、俺みたいに心の奥底が腐ってるやつからすると本心を引き摺り出されそうで怖いの。縋りたくなってしまうから。

「善逸、死なないでね?」
「……え?」
「なんだか、昔の私を見てるみたい」

凛の言葉にああ、と納得する。
最初の頃の凛は確かに酷く悲しそうな音をさせてる時が多かった。今思えばあの時、凛は死のうと思っていたのだろうか。
ある日を境にそれは全く聴こえなくなり、その頃から炭治郎から恋の音が聴こえていたから炭治郎と何かあって解決したのかな、なんて思っていたけど。

「私も炭治郎も伊之助も。善逸に関わった人は皆善逸に死んでほしいなんて思ってないからね」
「……凛」
「何があったかは知らないし、善逸が言いたくないなら聞く気はないけど。元気になったら皆で美味しい鰻でも食べに行こ!」

凛はいつか話して、とは言わない。俺が元気になったら俺の大好きな鰻を食べに行こう、と。単純で嬉しい誘いをしてくれる。その未来に俺がいるのが当たり前のように……

俺は、別に死んでも良いと思ってた。
爺ちゃんはもういない。兄弟子だった獪岳だって鬼になってしまっている。なら、獪岳を殺して自分も死んでも構わないと本気で思ってたんだよ。
だけど、こんな風に待っていてくれる奴らがいるって分かると生きたくなっちゃうじゃんか…

「……凛さあ、炭治郎と両思いになったでしょ?」
「え!?な、何を急に…!」
「二人してお祭りみたいな音鳴らせてるんだもん!恨めしい!」

俺に指摘されてみるみる凛は顔を赤くしていく。ほんと、凛も炭治郎もそういう幸せそうな顔が似合うよ。

「だから、今度ちゃんと話を聞かせてよね?」

今度、と口にすれば凛は綺麗な音を響かせて笑顔で「今度ね!」と笑うのだった。

誰もが悩みを抱えている




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