幕間肆 壱


お館様──いや、その奥様であるあまね様から文が届いた。その内容を俺は正直飲み込めずにいた。返事はとりあえず出しておいたが、どうしたものだろうか。その内容は俺と柱の人間以外には他言無用だと記されていて誰にも相談することも出来ない。でも俺は嘘が下手だから、嘘をつこうとするとバレてしまう。だから、もう忘れてしまおうと。悩んでもどうせ無駄なのだ。だったら俺は──

「炭治郎、悩み事?」

だというのに凛は俺にそんなことを聞いてくる。
今は玄弥が診察に出ていて、他の隊士たちは先日始まった「柱稽古」に行っているため療養中の俺と凛は二人きりで部屋に残っていたのだ。禰豆子も太陽の下を歩けるようになったため今はアオイさん達と洗濯物を干している。きっと暫くこの部屋に人が来ることはないだろう。

「……えっと」
「言いたくないなら良いけどさ。あんまり思い詰めないでね」

凛が優しく笑ってくれる。多分、禰豆子のことだと思っているのだろう。それも間違いではない。だけど、俺はどうしても凛にだけは聞いてほしかったのかもしれない。

「…この話は他言無用と言われているんだ」
「うん?」
「だから、俺が話したことは誰にも言わないって約束してくれるか?」
「え?話したらいけないんじゃないの?」
「うん。だから、凛にしか言わないよ」

凛は数回瞬きをした後「分かった」と頷いてくれる。俺は酷いやつだ。凛に秘密を共有させようとしている。聞いても気分の良い話ではないし、凛を困らせるのも分かっていた。
それでも、誰かに聞いてほしくて。その誰かは凛が良かった。

「戦っている時、たまに体が凄く熱くなって力が湧いてくるんだ。それを痣が発現している状態というらしい」
「痣…?」
「うん。俺もあまりよく分かってないけど…痣が発現するとより強い力を引き出せるそうなんだ」

凛は静かに話を聞いてくれる。
俺は、そんな凛にはっきりとこう告げた。

「痣が出現した者は二十五歳までに死ぬらしい」
「……え?」
「だから、俺もあと十年しか生きられない」

これが俺の飲み込めない現実。
死ぬのは怖い。死にたくないとも思う。だけど鬼と戦うために前借りした寿命だ。この痣が出てなければ俺は何度も死んでいただろう。だから、仕方がないことなんだ。でもそれ以上に──

「禰豆子を残していくことが……辛い」

そう。禰豆子を人間に戻せたとしても、俺は二十五で死んでしまう。禰豆子は家族を全員失うことになってしまうのだ。それに、もし二十五までに禰豆子を人間に戻せなかったら?誰に禰豆子を託せるというのだろうか。……きっと、彼女は受け入れてくれる。だけど…

「そっか…」

凛が静かに口を開く。
とても優しい匂いがする。さっきまでは動揺していたというのに、凛は本当に強い…

「じゃあ、あと十年。後悔のないように生きないとね」
「…え?」
「ま、もしかしたら炭治郎は例外になる可能性だってあるし。そんなに悲観してもしょうがないでしょ」

凛の真っ直ぐな言葉が俺の心に刺さる。そう、これはもう覆ることのない事実で嘆こうと抗おうと無駄なことなのだ。
それを凛は悲観することもなく、受け入れたうえで俺に優しく声をかけてくれる。

「炭治郎がやりたいこと、全部十年でやっちゃおう。私も付き合うからさ!」
「……凛」
「炭治郎」

凛が俺の側まで歩み寄り、俺の手を優しく両手で包み込むように握ってくれる。
暖かい、生きている人間の暖かさだ…

「私達は鬼殺隊士で、人間で。それこそ明日のこの瞬間も生きているか分からない。だからさ、一日一日を大切に生きようよ」
「…うん」
「私はね、炭治郎に会えて良かった。多分炭治郎に会えてなかったらもう死んでるよ、私」
「……ふふ、凛が美琴さんと一緒に死ぬって言った時は凄く悲しかったんだぞ?」
「うっ、あれは結構本気だったんだけど…炭治郎に呼び止められちゃったなぁ」

ぎゅっ、と凛が俺の手を握り直す。優しく、愛おしげに。
ああ、俺はこんなにも凛が……

「凛」
「ん?」
「好きだよ」

俺の言葉に凛が驚いたように目を開いた後、くしゃりと笑い、少し困ったように眉を下げた。

「ええ、言っちゃうの?それこそ別れが辛くなるーとか思わないわけ?」
「後悔のないように生きなきゃな、と思って」
「あ、そうですか……」

凛の顔がみるみる赤く染まっていき、俺から目線を逸らしてしまう。そして香るのは花のような甘い匂い。ああ、そうか。これは確か、父さんと母さんから感じたことのある匂いだ。お互いのことを愛おしそうに見つめている時、この匂いをよく嗅いでいたっけ。あの頃の俺は幼くて、ただただ甘くて良い匂いだなって思っていたけれど、これはきっと、世界で一番甘い匂いなんだろうな。

「……はぁ、後悔のないように、は私もか」
「凛?」

凛は俺の目を真っ直ぐと見て頬を染めながら本当に可愛らしい表情で笑ってくれる。

「私も好きだよ、炭治郎」


これは終わりが決まった恋のはじまり。
それでも俺たちはきっと、後悔をしないようにって。
それだけを胸に一日一日を生きるんだ。

大切な日々を




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