刀鍛冶編 伍


私にこの鬼は斬れない。悔しいけれどそれは紛れもない事実だった。
ただ、重力に押し潰されそうになったあの時、私は無我夢中にもがき、空気の流れで感じ取った攻撃の「脆い部分」を斬ることで生還したのだ。
そう、この鬼の技は全てが強力だが必ず綻びがある。そして私はそれを見つけることができ、斬ることが出来た。しかしあまりにも広範囲に繰り出される技。そして対象が私を含め四人だということがかえって私達を追い詰めていた。
せめて技が一人に集中していれば守り切れる可能性があるものの、これは──!

「! 炭治郎!!」
「ううううっ!!」

炭治郎が敵の技に飲み込まれてしまう。
まずい!あのままでは押し潰されてしまう!だというのにこの鬼は今までの鬼の技も全て使い、禰豆子ちゃんや玄弥も襲い続けるので炭治郎の元に辿り着けない!炭治郎──!

その時、速くも美しい型が舞い炭治郎はいつの間にその人の背中に背負われていた。

「大丈夫!?ごめんね遅れちゃって!!」

蜜璃ちゃんだ!蜜璃ちゃんが駆けつけてくれた!
蜜璃ちゃんは背負っていた炭治郎を降ろすと鬼へと立ち向かう。見たこともないような優雅な型に、素早い動きで鬼の技を次々と斬り伏せていく。
可愛らしくて優しい蜜璃ちゃん。彼女もまた、柱の名に恥じない強さを間違いなく誇っている!

しかし頚を斬ることを優先した蜜璃ちゃんは鬼の一撃をモロに喰らってしまう。急いで駆けつけなければ!そう考えたのは私だけではなく、その場にいた全員が蜜璃ちゃんの元へと駆けつけて鬼の攻撃から彼女を退けた。
少しの間意識を飛ばしていた蜜璃ちゃんは「柱なのにヘマしてちゃってごめんね」と謝りながら目が覚めた直後だというのに鬼の技を全て斬ってしまった!格好良すぎる…!

「こっちは私が何とかするから!」

そう言って蜜璃ちゃんは鬼へと向かっていく。
私達が本体である鬼の頚を斬れば全てが終わる。だけど、あの鬼を蜜璃ちゃん一人に任せて彼女は潰されてしまわないだろうか。

──対象が一人なら、確実に守り抜ける。

私は足を止めて炭治郎達に叫ぶように声を出す。

「あの鬼は蜜璃ちゃんが斬る!私は、蜜璃ちゃんを必ず守り切るから!」

だから、炭治郎達は何も気にせずに本体である鬼に集中してほしい。絶対に私は、彼女を殺させないから!

「信じて!」
「信じる!俺は凛と甘露寺さんを信じて本体の鬼を斬る!」
「ありがとう、炭治郎!」

そう言って私は来た道を戻る。蜜璃ちゃんが今も戦い続けている鬼に一矢報いるために!


***


私はね、子供の頃から本当に力が強かったの。ご飯も沢山食べたし、桜餅を沢山食べたら髪の毛の色もこんな風に変わってしまって。
だけど自分のことが嫌いだなんて思ったことはなかったんだよ?だってこれが私だから。
でも世間はこんな私を嫌がる人も多くて、悲しいことも沢山あったんだ。
でもね、鬼殺隊に入ってからは皆が私のことを褒めてくれたの。嬉しかった。女の子なのにって言われることもなくなった。私が私らしくいられる場所はここなんだって、凄く嬉しかったの。

鬼の攻撃の鋭さが増していく。
斬っても斬っても、再生を続けて終わりは見えない。それもそのはず。この鬼は本体ではないのだから死ぬことがない。それでも私はこの鬼を斬り続けなければいけない。炭治郎君達を信じて。

鬼の攻撃が四方八方から襲ってくる。これは、全部は斬れない!
ならせめて、致命傷を避けようと体を捻るとその攻撃は私に届く前に、

「風の呼吸 漆の型 勁風・天狗風!」

戻ってきてくれていた凛ちゃんが全て斬ってくれていた。

「凛ちゃん!」
「蜜璃ちゃん!私はあの鬼は斬れないけれど、あの鬼の攻撃は斬れます!だから、あの!」

凛ちゃんがはぁはぁ、と息を整えながら声を上げる。きっと全速力で戻ってきてくれたんだ。嬉しい、私は一人じゃないって凛ちゃんが言ってくれてるみたいで。

「背中は任せてください!蜜璃ちゃんは絶対に私が守ります!」

そう言って凛ちゃんは私の背後から迫る鬼の攻撃を宣言通り全て斬ってくれる。目がいいのかしら、勘がいいのかしら。どちらにしても凄いわ!凛ちゃん!

「小賢しい!死に損ないの餌が!」
「ちゃんと殺し切らなかったことを後悔させてやる!」

鬼が明らかに怒ったように更に攻撃範囲を広める。だけど、どんなに強くても力を分散させれば一つ一つの技の威力は落ちる。そして、私と凛ちゃんならその全てを斬ることが出来る!

──もっと速く…強く…もっと!!

体が熱くなればなるほど、体が軽くなって私の言うことをきいてくれる。
凛ちゃんも、炭治郎君も、みんなみんな、絶対に私が守り切るからね!


***


私と蜜璃ちゃんは確かに善戦を繰り広げていた。しかし、私達は人間だ。体力に底がある。日がほとんど昇ったというのにこの鬼は攻撃の手を緩めない。もう、呼吸すらままならずほとんど勘と意地で蜜璃ちゃんや私に襲いかかる攻撃を斬っていた。

「ぎゃあああああ〜!もう無理!ごめんなさい殺されちゃう〜!」
「み、蜜璃ちゃん!諦めないで…!」

そう叫びたくなる気持ちはとても分かるけど…!
と、その時。鬼の攻撃や体が崩れ落ちて終わりは突然やってきた。これは…!

「炭治郎君たち本体の頚を斬ったんだわ!」

そう!炭治郎達がやってくれたんだ!
その安堵と、あまりの疲労に体から力が抜けて地面に倒れ込めば蜜璃ちゃんが泣きながら私を抱き起こして、そのまま抱きしめてくれる。

「凛ちゃんありがとう〜!本当に心強かったわ!」
「私達こそ、蜜璃ちゃんがいなかったら死んでました…!」

本当に、蜜璃ちゃんが来てくれて助かった。
立ち上がることの出来ない私を蜜璃ちゃんはおぶさってくれて、炭治郎君たちを探しましょ!と走ってくれる。…私よりも多く鬼と対峙していたというのに蜜璃ちゃんの体力が凄い。本当に、尊敬しちゃうなあ…

炭治郎達と合流した私は全員が生きていることを確認すると泣いて喜んで、そして緊張の糸が解けそのまま眠る様に意識を失うのだった。
意識を失う前に、凄く気になったことがあった気がしたんだけど…なんだったかなぁ……


***


「あああ!そうだ!禰豆子ちゃんどうなってるの!?人間に戻ったの!?」

あの後炭治郎と私は意識を失い、一週間後の同じ日に目を覚ました。体の至る所が痛いけれど命に別状はないようだ。我ながらどんどん丈夫になっていってる気がする。そして隠の後藤さんが私と炭治郎のお見舞いにきてくれて、刀鍛治の皆さんのその後や近況を教えてくれた後「妹がえらいことになってるらしいけど大丈夫なのか?」と聞いたところで意識を失う前に気になったことを思い出したのだ。

そう、禰豆子ちゃんはあの時日の下を炭治郎を背負って歩いていた。鬼は日に当たると死んでしまうというのに一体どういうことなのだろう?人間に戻れているのならそれが一番嬉しいのだけど…!

結局のところ、何故禰豆子ちゃんが太陽の下を歩けるようになったのかは炭治郎にも分からないらしい。でも、禰豆子ちゃんは喋れるようにもなっているので良かったら暇を見つけては遊んでくれると嬉しいと炭治郎に言われてそんなの願ったり叶ったりだ!と思い炭治郎よりも軽症であった私は早速禰豆子ちゃんのとこへ足を運ぶのだった。
そして──

「アアアアアア!!可愛すぎて死にそう!!」

と叫んでいる善逸はとりあえず無視して私は禰豆子ちゃんの元へと駆けつける。本当に太陽の下を笑顔で歩けているし、口枷も取れている!それが嬉しくて堪らないと思っていると──

「あーー!好き!」

と、禰豆子ちゃんが私に思い切り抱きついてくる。え、天使か?天使なのか?

「凛は禰豆子さんにずっと優しくしていたから、覚えているのかもね」
「アオイ!そうかなあ、そうなら嬉しいなあ…」
「禰豆子さん、この子は凛よ。凛」
「凛?」
「そう、凛」
「凛!好き!」

可愛らしく甘えてくる禰豆子ちゃんに嬉しくなるのと同時に、やっぱりまだ目や歯が鬼のものであるのと、子供の様に無邪気に言葉を発する禰豆子ちゃんに完全に人間に戻れてはいないだと痛感させられる。それでも太陽の下を歩き、言葉を喋れるようになったのは今までに比べると断然に人間に戻っているような気がして本当に嬉しい。


こうして少しだけ前に進めたかと思った私たちであったが、休む間もなく「柱稽古」というものが始まることになるのであった。

人間への一歩目




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