刀鍛冶編 肆


私と玄弥が鬼のいる場所へ到着した時、既に部屋は破壊されていて炭治郎と禰豆子ちゃんが戦っていた。
状況を把握しなければ。そう思うよりも先に玄弥が動き、鬼の頚を次々と落としていく。──それはなんという違和感を感じさせるのだろう。

「玄弥駄目だ!」

炭治郎が叫ぶ。この違和感の正体を。

「斬ったら斬っただけ分裂する!若返ってる!強くなるんだ!頚を斬らせるのはわざとだ!」

そうか!この鬼の急所は頚ではない……そんなことがあるのか!?
上弦の陸は二人の鬼の頚を同時に斬ることが倒す条件だった。ならば、この鬼は全ての鬼の頚を一度に斬り落とすことが条件なのだろうか?
それとも永遠に分裂を繰り返すのか?分からない、分からないけど分裂をすればするほど相手の数は増えていきあっという間にこちらが不利になる。どうすれば──!

「うーー!!」

禰豆子ちゃんの叫び声が聞こえ、顔を上げると炭治郎が羽の生えた鬼に連れ去られようとしていた。空を飛ぶのか!?駄目だ、この鬼達は今までの鬼とは全く違う。次々に新しい手札を用意してくる。炭治郎を救い出そうと型を構えるが──

「玄弥ーー!!」

炭治郎の叫び声に振り返ると、玄弥が分裂した鬼に腹を貫かれている。全ての状況が悪い!どちらかを救えばどちらかに手が届かない…!

「禰豆子!凛!玄弥を助けろ!頼む!急げ!

自分のことなど顧みずに炭治郎が叫ぶ。
……手が届くのはこちらか!

「風の呼吸 参の型 ──」

玄弥を襲っている鬼へと迫ろうとすると、錫杖を持った鬼が私のほうに目線を向けた。ぞくり、と嫌な空気を感じた瞬間、それは私を襲った。

「ぁ、が……!?」

激しい痛みと、衝撃に加え熱さと痺れまで感じる。これは……雷!?あの鬼は雷を落とすことが出来るのか!?
まずい、体が痺れて思うように動けない!がくがくと膝を震わせていると団扇を持った鬼側私へと向かってくる。立て、動け──!

「うぅっ!」
「! 禰豆子、ちゃん…!」

その鬼の一撃を禰豆子ちゃんが止めてくれる。
止められた鬼は愉快そうに笑いながら禰豆子ちゃんの腕を千切ろうとしている。刀を握り直して、立ち上がると背後からは玄弥の持っている銃の音が鳴り響く。
場は完全に混乱している。ここには三人の鬼がいる。全てが強く、目には上弦の文字が刻まれている。一人一人を順番に潰しても埒があかない。ならば、私は玄弥と禰豆子ちゃんを信じて──

「風の呼吸 陸の型 黒風烟嵐!」
「……小賢しい」

錫杖を持った鬼へと向かって技を放つと鬼の片腕が落ちた。だというのにあの鬼は表情ひとつ変えずに錫杖を振るうと広範囲で雷が落ちてくる。落ち着いて空気を感じれば雷の通らない道を辿るのはさほど難しくはなかった。──私は。

「ゲッ!」
「…!玄弥…っ!」

この鬼の厄介なところはその技が広範囲なところだ。私のみを狙うのではなく、雷を落とせば近くにいる玄弥も禰豆子ちゃんも巻き込まれてしまう。ならばこいつをこの場から引き離すのが先決──!

「何をしているんだ馬鹿者が!」

鬼の叫び声が聞こえる。禰豆子ちゃんが鬼を圧倒して、団扇を奪って鬼に向けて放つ。すると鬼は体ごと外へと投げ出され──

「っ、は!?」
「うぅ!!」

投げ出される瞬間、鬼は手を長く伸ばして私の腕を掴む。団扇から繰り出される勢いを殺すことが出来ず、私はその鬼と共に遠くまで飛ばされてしまうのだった。


***


状況はまさに最悪だ。鬼を一人分散させることが出来たのは良かったかもしれない。悪かったのは、ついに目の当たりにした私の非力さ。

「カカカッ!女を痛ぶるのは楽しいのう!」
「くっ……!」

鬼に蹴り飛ばされ、なんとか刀で防ぎ切るも勢いは殺せず衝撃で地面へと転がされる。
鬼は間違いなく私を格下に見ていた。そしてそれはあながち間違ってはいないだろう。
私は今まで、ここまで強い鬼と一対一で戦ったことがない。いつも足や腕などを斬り落としたり、動きを鈍らせたりして鬼を討伐していたのだ。
だけどここには私しかいない。そして分かっている。私にはあの鬼の頚は斬れないと。

(…だからと言って、こいつをあちらに戻してしまうのも駄目だ……!)

せめて時間稼ぎをしなければ。私が潰れるまでに、誰かが一人でも鬼を倒してくれれば…いや、そもそもこの鬼の倒す条件が分かっていない。これはまさしく八方塞がりだった。

「カカカッ!考え事とは余裕だな!」
「っ!そうでも、ないよ!」

鬼の一撃を刀でいなす。この鬼はどちらかというと直情型で、動きは読みやすかったが代わりに力が強い。……そういえば、会話が成立してる?

「鬼さん!」

私が構えながらも声をかけると鬼は楽しそうに「なんだ?」と返事をしてくる。やっぱり、この鬼は普通の鬼とは違って会話が成り立つんだ。強い鬼ほど意思疎通は可能なのかもしれない。なら、

「私と一緒に、人間に戻る方法を探しませんか!?」
「……人間?」

鬼が少しだけ戦闘態勢を解いて頚を傾げる。初めてだ、ちゃんとこの会話に答えた鬼は。

「貴方も元々は人間だったはずです!なら、人間に戻って生を全うしたいとは──」
「カカカッ!何を馬鹿なことを言うておる!人間など餌じゃ!戻りたいなんて微塵にも思わぬ!」

鬼が愉快そうに笑い声をあげる。
……確かにこの鬼達からは今までで一番人を食べた気配がしていた。目を逸らしてはいけない。鬼の中には稀に、「こういう奴ら」もいるということを。
だけど、それでも貴方だって、最初は人間だったはずなのに──!

「それは女、お主も同じだ」


一瞬にして間合いを詰めてきた鬼は私に団扇を思い切り振り下ろすのだった。

死んだと思った。この鬼の重力を生み出す団扇に押し潰されると。鬼も私が潰れ死んだのだと思って私の生死も確認せず戻っていってしまう。足止めすら出来なかったのが歯痒い。だけど、私の生死を確認しなかったことを必ず後悔させてやる。
私は押し潰されそうな体に力を入れて、出しうる限りの型で襲いかかる重力を──


***


この鬼の正体がやっと分かった。
よく探さなければ決して見つけることの出来ないほど小さな鬼。そいつが本体なんだ!
玄弥にその鬼を託したが、玄弥は俺を庇って重傷を負ってしまう。俺では斬れないと、今回だけはお前に譲ると玄弥は口にした。ならば俺はそれに応えなければ!
小さな鬼の頚に刀を振るうと鬼は凄まじい声を発する。こんな小ささだというのに鬼の頚は驚くほどに硬く、断ち切ることが出来ない!

「炭治郎避けろ!!」

玄弥が叫び、俺の後ろに何か新しい鬼がいるのは分かっていた。だけど避けられない!ドン!という音と共に背中に悪寒が走る。──死ぬ、
そう思った途端、体が宙に浮き、そして

「風の呼吸 玖の型 韋駄天台風!」

俺と、そして俺を抱き上げてくれた禰豆子を庇うように台風のような型が鬼の追撃を止めた。

「……凛!」

それまで姿が見えなかった凛が、身体中に傷を負いながらも俺と禰豆子を庇うように立ってくれている。良かった、無事で本当に良かった…!

「不快、不愉快、極まれり。極悪人共めが」

安心したのも束の間。凄まじい威圧感が俺達を襲う。あの鬼は今まで相手にしていた鬼よりも遥かに強い。いや、違う。今までの鬼達が分散していた力を一つに纏めあげたものなんだ…!
そしてこの鬼は俺達を極悪人だと。鬼畜の所業だと自分達の行いを棚に上げて俺達に投げかけてくる。

許せなかった。
禰豆子や美琴さんを見て、鬼は必ずしも悪ではないと俺は知っている。
だけど、中にはやはり悪行を正さなければいけない鬼もいるんだ。それも、俺達は忘れてはいけない!

「お前の頚は俺が斬る!」


そして俺達は再び刀を握り直し、鬼へと向かう──

人の心を思い出せ




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