最終選別編 壱
私は育手の仕事が好きじゃない。というか嫌いだ。だけど利き腕を失い戦線を離脱した私が鬼殺隊に貢献出来ることなんてこれくらいしかないから今でも渋々と育手としての責任を果たしている。
嫌なんだよ。必死に頑張ってる弟子を死ぬ可能性の高い選別へ送り出すのが。
どうして鬼殺隊士になんてなりたがる。家族を奪われた苦しみや憎しみは理解出来る。だけど、死に急ぐことはないじゃないかと思わずにはいられない。
お前らみたいな子供が手を血塗れにして刀を握って、無理難題を押し付けられてもひたすら足掻く姿を見てると死なせたくなくなる。
これでも人間なんでね。情は持ってるんだよ私だって。
「嗣莉さん、最終選別って何持ってけばいいですかね?」
「あ?何って…刀だろ」
「いや、それは分かってますけどもね?」
今夜、四年間私のところで修行をしていた凛が最終選別へと向かう。
元々鬼殺隊は女が少ない。単純に女と男じゃ筋力の差がありすぎる。凛も例に漏れず筋力が弱い。鍛えても元々筋肉も付きにくいようで利き腕ではない私との腕相撲も一度も勝てなかったほどだ。
まあ、はっきり言えばこいつは鬼殺隊士に向いていない。常中を会得させたから鬼の首も斬れるだろうが、それでもこの先に待っているのは茨の道だろう。
ただ、動作予知能力の高さだけは異常だ。
たった四年しか修行を受けていない凛が、元風柱である私の組手をあそこまで捌き切ることが出来るのには驚いた。風の洞窟での修行が凛を開花させたらしい。
しかし、予知は出来ても体がついていかないのが現状だ。逃げ回るだけなら同い年にこれほど予知して避けれる同期はいないだろうが、戦闘能力は補佐でこそ輝く…というのが私の見解だ。
「あ、じゃあこれ持っていって良いですか?包帯!」
凛は両手に包帯を持って私に尋ねてくる。手当てが出来るに越したことはないし、いつも生傷が絶えなかった凛にとって、包帯はお守り代わりにもなるだろう。
「お前よく怪我するからな。いくらでも持ってけよ」
「ありがとうございます!」
そして凛は準備を整えて、刀を腰へと差す。普通の町娘のような姿に刀はあまりにも不釣り合いだったがそれが凛の選んだ道だ。四年間、逃げ出すことも諦めることもせずに私に着いてきた凛に、何も文句など出ない。
「凛。死んだら殺す。ちゃんと帰って来い」
私がそう言うと凛は年相応の笑顔を浮かべる。
「嗣莉さんに殺されるのは嫌なので、ちゃんと帰ってきます!」
そう言って凛は元気に手を振って私の元を去って行った。
この瞬間が大嫌いだ。戻ってきてくれた奴だっている。だが、二度と戻ってこなかった奴もいるんだ。
どうか、凛。死ぬんじゃない。お前の目的を果たすまでは死ぬことは絶対に許さないからな。
私は家の中へ戻ると、少なくなったであろう包帯を補充するために中身を確認して──
「…え?全部持ってたのあいつ?」
空っぽになった薬箱の中身に、凛らしいと吹き出すのだった。
***
最終選別は、山の中で七日間生き残るというもの。しかも山の中には鬼がいる。私は遭遇した鬼に「人間に戻る方法を一緒に探しませんか」と問いかけたが私の声など届いていないようで、嬉々として襲ってくる鬼の頚をこの時初めて斬り落とした。
「はっ、は……っ」
鬼の死体は残らない。塵のように消えてしまう。
だけど、斬った感触も刀についている血も、私が間違いなく鬼を殺したことを示していた。
「………っ!」
吐き気がする。私は、命を奪った。
嗣莉さんには何度も言われた。鬼を斬ると決めたら、相手を元は人だったとは考えるな。それは事実ではあるけれど、自分の心を追い詰めるだけだ、割り切れと。……人を守るために、自分の目的のために私は鬼を斬る。だけど、鬼が人間だったことを私だけは忘れてはいけないんだ──
今日で五日目の夜を迎えた。
あれから出くわす鬼も全く話を聞いてくれない。一緒に人間に戻る方法を探さないかと言葉を投げても、鬼は応えることなく奇声をあげて襲ってくる。嗣莉さんが言っていた。人を食えば食うほど鬼は理性がなくなってしまうと。それでも、私は…
「!」
空気が大きく動いている、風も感じる……四人。速度からしても人が集まっているのではなく、きっと人が追われているのだろう。
私はすぐに空気が動いたほうへと駆け出し刀を抜く。そこに辿り着いた時、一人の男の子が鬼を二人斬っていたが、彼の真後ろの鬼は今にも男の子を襲おうとしていた。
「風の呼吸 弐の型 爪々・科戸風!」
呼吸を繰り出して鬼の頚を斬る。
急なことに、何も尋ねることが出来なかった鬼に目線を合わせ、せめて彼が鬼にされた被害者であったことを忘れないよう心に刻みつけることしか出来なかった。
刀を納めて男の子の元へと駆けつけると、額にある痛々しい傷に目がいく。
「きっ、だ、大丈夫!?痛くない?」
「え、ああ…これは、随分前にやられた傷だから」
「でも血が滲んでるよ…ほらほら、座って」
「え?えっと…」
私は持っていた手拭いを男の子の額に当てて、包帯を巻いていく。傷は深そうだけど、化膿はしていないみたいだ。良かった…
男の子は申し訳なさそうに私のことを見上げてくる。
「これは君の包帯だろ?俺に使ったら勿体無いよ」
「勿体なくないでしょ。怪我人に使わない包帯なんて包帯の意味がないし。それに、ほら」
嗣莉さんの家にあった包帯を全部持ってきた私は、それを自慢げに男の子に見せつけた。
「いっぱい持ってるから大丈夫!」
そう言うと男の子は、目を丸くした後ははっと楽しげに笑ってくれる。
「はは、本当だ!ありがとう!えっと…俺は竈門炭治郎。君は?」
「私は斎藤凛」
「凛か。良い名前だな。包帯をありがとう、助かったよ」
炭治郎…優しい雰囲気の子だな。
お互い笑顔で握手をすると、日が昇り始めたことに気付く。いつもなら夜まで安全なところで休憩をするのだが、少しだけ人が恋しくなった私は炭治郎にある提案をする。
「炭治郎、少しだけ話さない?」
「話す?」
「うん。今日で六日目でしょ?少しだけ人が恋しくなっちゃった」
私の提案に炭治郎は快く頷いてくれて、お互い山を彷徨ってる間に調達していた木のみを食べながら話すことにした。
これが私と竈門炭治郎の出会いだった。
五日目の夜、君と出会う
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