探しもの編 伍


真っ暗闇の中、私は目を覚ました。
あのまま私は死んでしまったのだろうか。美琴を最後まで救ってあげることが出来なかったことが心残りだ。
美琴を目の前にした私はその頚に刀を振るうことが出来なかった。夢の中ではあんな簡単に出来たことが結局は果たすことが出来なかったのだ。
どこまで自分を偽ろうと私は美琴が大好きで、美琴は私の最後の希望だった。

寂しがり屋の美琴。だけど私と一緒にいる時はいつも楽しそうに笑ってくれていたな。
美琴は私に縋っていたのかもしれないけど、私だって美琴がいなければ寂しかった。
私達は双子で、いつも一緒で、お互いが大好きだった。
可愛い私の双子の妹。あの時、町に降りずに美琴を探していればこんなことにはならなかったのかもしれない。そう思わない日はなかった。


「私にはお姉ちゃんが全てだった」

暗闇の中、美琴の声が聞こえる。
振り返ると鬼の姿ではなく、四年前の姿のままの今の私よりも小さい美琴がそこに立っている。

「みこ──っ!」

走り出して美琴を抱きしめたいのに、誰かが私の腕を掴んだ。どんなに引っ張っても私を掴んだ手は私のことを全く離す気配がない。どうして、目の前には美琴がいるのに、どうして邪魔をするの!?

「最後にお姉ちゃんに会えて本当に嬉しかった…」
「美琴…嫌…っ!私を置いていかないで…!」

美琴が笑顔を私に向ける。
それは大好きな、私に甘えてくる美琴の笑顔のままで──

「ありがとうお姉ちゃん。大好きだよ」
「嫌!美琴、嫌なの…!もう一人は嫌っ!私を…一人にしないで…っ!」

私の言葉に美琴はやっぱり優しく微笑んでそのまま私の後ろを指差す。

「お姉ちゃんはもう、一人じゃないよ」

暖かい風が、私の後ろから吹いてくる。

「さようならお姉ちゃん。私の分まで幸せならなきゃ駄目だからね?」
「美琴……っ!」

手を伸ばしても、何をしても美琴には届かない。
そして暗闇に光が差し、美琴の姿は見えなくなった──


***


目を覚ますと見覚えのある景色が広がっている。何度もここでお世話になって、このように目を覚ました。見間違えるはずがない。ここは、蝶屋敷で…私は、生きているんだ……

「凛、起きたのか…?」

目を覚ますまで私の側にいてくれたのか、私が意識を取り戻したことに気付いた炭治郎が優しい声で言う。良かった…炭治郎も無事だったんだ。それと同時に、察してしまった。

「……美琴は、死んだの…?」
「…うん、俺が斬ったよ」

それしかないだろう。鬼になってしまった美琴は陽光か日輪刀でしか殺すことが出来ない。私が意識を失っていたということは、美琴を殺せるのは炭治郎しかいなかったんだ。…美琴は、沢山の人を殺していた。斬られても仕方がなかった。分かっている、だけど……

「凛、起きたばかりだけど…何があったか話してもいいか?」
「うん…聞かせて、炭治郎」

上体を起こし、少しだけ水分を取って炭治郎に視線を移すと炭治郎は私が意識を失った後、何があったかを話してくれた。
美琴が私を助けるために炭治郎と協力してもう一人の鬼を倒したこと。美琴は鬼舞辻無惨の呪いでどんどん体が崩壊し、どう足掻いても生き残ることは無理だったこと。その苦しみから解放するために炭治郎が殆ど苦痛のない「干天の慈雨」で美琴を斬ってくれたこと。そして……

「私の分まで幸せに生きてねって…」
「…………」
「大好きだよって…美琴さんは最後に言っていたよ」

ぎゅうっ、と拳を握りしめその上にぼたぼたと涙が落ちる。私は、私だって大好きだった。美琴の分まで生きるんじゃなくて、美琴と一緒に幸せに生きたかった。もう、美琴はいない。この世のどこにも、私の家族はもういない。私は……、

「……一人に、なっちゃった…」
「…凛?」
「もう、私には…誰もいない…っ!美琴が、美琴だけが、私の最後の……っ」

最後まで言い切る前に、炭治郎が私の手を優しく包み込む。暖かくて少しゴツゴツした炭治郎の手。炭治郎の顔を見ると、とても優しく微笑んでくれる。

「凛は一人じゃない」
「…一人だよ、もう……」
「俺がいるよ」
「……え?」

真っ直ぐと、曇りのない瞳で炭治郎がそう言う。
駄目だって。そういうのはやめてって言ったのに。どうしようもなく縋りたくなる。炭治郎の優しさにつけ込みたくなってしまう。そんなふうに考えてしまう自分も嫌で、私は……!

その時バンっ!と扉が豪快に開く音がして伊之助がガハハ!と笑いながら部屋へ入ってきて、そんな伊之助を止めようとする善逸の姿が見えた。

「おう!!目が覚めたか包帯女!」
「ちょ、伊之助!今良いところだったのにさぁ!ほんと空気読まないねお前!?」
「あァ!?どうやったら空気なんて読めるんだよ!透明じゃねーか!」
「そーじゃなくて!ああもう!ごめんよぉ凛!炭治郎ぉ!」

伊之助と善逸は私の側まで来ると嬉しさを滲ませた声で話をかけてくれる。

「ほら!これやるからさっさと元気になりやがれ!」
「これは…綺麗などんぐりだな!伊之助が見つけてきたのか?」
「おうよ!特別なやつだけどな!仕方がねえから子分にやるぜ!」
「あ、ありがとう……」

お礼を言ってどんぐりを受け取ると伊之助は満足そうに私の寝台の近くへとしゃがみ込む。…まるで構ってほしくてしょうがない弟のような素振りに少しだけ猪頭の上から頭を撫でると少し堪能した後に「ほわほわさせんじゃねぇ!」と伊之助特有の嬉しい時の言葉を吐いた。

「凛、またこんな怪我しちゃってさぁ…本当に心配したんだからな!」
「善逸、ごめん…心配かけて」
「だからさ、ほら!おまんじゅう持ってきたんだ!皆で食べようぜ!」
「善逸、これはもしかして…」

「善逸さん!またお客さん用のお菓子を……ってあぁああ!凛!!目が覚めたの!?」

どうやら善逸がまた盗んだらしいおまんじゅうを取り返しにきたアオイが目を覚ましていた私に一目散に駆け寄って涙を流す。

「良かった!もう、凛はいつも無茶するんだから…!」
「ご、ごめんアオイ…」
「ううん、目が覚めて本当に、本当に良かった…!私皆に知らせてくるわね!」

そう言ってアオイはカナヲときよちゃんとすみちゃんとなほちゃんを連れてきてくれて皆で良かった!と喜んでくれる。

「凛、その…これ…」
「カナヲ、これは…?」
「あのね、この前…金平糖嬉しかったから…お礼に…」

そう言ってカナヲは可愛らしい飴細工が入った瓶を渡してきてくれる。もじもじと、私の反応を待っている様子は本当に可愛らしい。

「目が覚めて、よかった…」
「…カナヲ、ありがとう…!」

暖かい。皆の笑顔が、皆の嬉しそうな様子がこんなにも嬉しい。

『お姉ちゃんはもう、一人じゃないよ』

夢の中で美琴がかけてくれた言葉を思い出す。
私の周りには、こんなにも暖かくて沢山の人で溢れている。

『私の分まで幸せに生きてねって、大好きだよって』

炭治郎が伝えてくれた美琴の最後の言葉。
……美琴のいない世界で生きるなんて無理だと思ってた。それだけを胸に生きてきたから。
だけど、この暖かい世界で、もう少しだけ生きてもいいのかな…?

「あぁー!伊之助さん!おまんじゅう食べちゃったの!?」
「あァ!?置いてあったら食うだろうが!」
「いやいやいや!せめて凛より後に食えよな!一応お見舞い品なんだから!」
「元はと言えば盗んだ善逸さんも悪いんですよ!?」
「ご、ごめんなさいアオイちゃんー!」

賑やかで、暖かくて、こんなにも楽しい。
私の周りは優しい人で溢れている。

「……あははははっ!」

思わず笑ってしまう。本当に、楽しくて、嬉しくて、そして──

「凛? ……わっ!」

私は一番側にいてくれた炭治郎に思い切り抱きついた。
どうしても縋り付く人が欲しかったから。

「………っわあああああっ…!」

ぼろぼろと。
私はきっと生まれて初めてこんなに大声で泣いて、そんな私を何も言わずに炭治郎はただ優しく抱きしめてくれた。
美琴、ごめんね。一緒に死んであげられなくて本当にごめん。
だけど、もう少しだけ。
この大好きな人達と一緒に生きてみたいと思ってしまったの。


『私の分まで幸せならなきゃ駄目だからね?』

都合の良い夢だったのかもしれない。
だけど美琴。私は美琴の分まで生きていっぱい幸せになるよ。
たとえこの先すぐに死んでしまうとしても、長生き出来たとしても。絶対に自分の生き方に後悔はしない。
だから、美琴。
私がそっちに行ったら沢山話をしよう。
もう少しだけ、待っててね。

約束を胸に




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