探しもの編 肆


血鬼術 哀眼双視
目が合った対象の目を腐らせる血鬼術。代償としてその血鬼術を使った本人の目も腐り落ちる。
同じ視覚の血鬼術を使用した際、より強力な血鬼術がその場を制す。私は代償として両目を失う代わりに、楽兒の両目を奪うことに成功した。
無惨様に再生能力を奪われ、今現在も細胞が壊され続ける私の目に光が刺すことはもう二度とない。左腕も既に失い、きっと私は日が昇る前に人としての形を失うだろう。

「美琴さん…!目が…腕が……っ、しっかりしてくれ…!」

鬼狩りの…竈門炭治郎の声が聞こえる。良かった、楽兒のことを斬ってくれたんだ。
…楽兒。私のことをいつも好きだと言っていた軽薄な鬼。貴方はきっと、私のことが途中からは本当に気に入っていた。だけど、その愛は歪で。仮に私が楽兒のことを好きになっていたら貴方は私に興味を無くしていたでしょうね。
だから私は貴方を愛さなかった。愛せばいなくなってしまうと分かっていたから。
私も貴方も、結局は愛に飢えた孤独な鬼だったね。


「……お姉ちゃんは、無事…?」
「ああ…大丈夫、生きてるよ。応急処置をしたいから、血鬼術を解いてもらえるか…?」

竈門炭治郎の優しい声が聞こえる。
きっとこの人は、良い人なんだろう。お姉ちゃんのために本気で怒って、お姉ちゃんのために人殺しである私と組んで…貴方のお姉ちゃんに向ける色はとても綺麗だった。
血鬼術を解くと、また内部から細胞が壊れるのが分かった。もうどこが壊れているのかは分からなかったけど痛みは確実に私を襲う。これは罰なのだろう。沢山の人を殺した。命乞いをする人を数えきれないほど殺した。ただ、寂しかったの。誰も私を見てくれなくて、寂しくて。…そんな自分勝手な気持ちで皆殺した。

「うぅ…」

私の手に暖かい手が当てられる。誰?
鬼の気配がする…ああ、竈門炭治郎と一緒にいた女の子の鬼か。この子からは竈門炭治郎と近い気配を感じる。きっとこの子も…

「あなた…竈門炭治郎の妹…?」

そう問えば、答えるように女の子は私の手をぎゅうっと握ってくる。この子からは人の血の匂いがしない。鬼であってまるで鬼でないような綺麗な気配がする。私とは全然違って…

もしあの時。家を飛び出さなければ私は今もお姉ちゃんと幸せに暮らせていたのだろうか。
もしあの時。無惨様の手を取らなければ私は人として死ねていたのだろうか。
沢山間違えて、沢山罪を犯した。時は戻らない。
だけど私はやっぱり、お姉ちゃんと一緒にいたかった。それだけで、良かったの。


***


凛に止血剤を使い、凛がいつも持っている包帯で応急処置をする。あれだけぼろぼろになりながらも美琴さんは凛を貫いた血鬼術を解いておらず、そのおかげで凛は一命を取り留めることが出来た。体が冷えないよう俺の羽織を被せて声をかけるけど返事はない。生きてはいるけれど、消耗が激しく出血量も多かった。早く治療したほうがいいのに変わりはない。

俺はどうするべきか決めることが出来ないまま、美琴さんの元へと足を向けると禰豆子が美琴さんの手を握っていた。
美琴さんは楽兒の動きを止める際に両目を失っていて、左腕も崩れ落ちてしまっている。人間ならばとっくに絶命してるであろう傷でも生きていられるのは鬼だからだ。でも、鬼だって傷を負えば痛むし苦しいに決まっている。俺は……

「私は…沢山間違えちゃったけど…あなたは間違えなかったんだね。お兄ちゃんと…仲良くしてね。私は、出来なかったから…」

美琴さんの優しい声に禰豆子がぼろぼろと涙を流し、俺も堪えきれず溢れ出た涙を腕で拭う。
俺も凛も、禰豆子も美琴さんも同じだった。突然妹が鬼にされ、家族を失い…ただ、禰豆子は被害者だったけど、美琴さんは加害者でもあった。ほんの些細で、だけど埋めようのない差がそこにはある。

「…竈門炭治郎」
「…うん」

夜明けまで、まだ時間はある。
凛は一刻も早く治療をしなければいけない。そして美琴さんはたとえ連れて帰ったとしてもいつ人の形を失うか分からなかった。俺は知っている。無惨の呪いで破壊された鬼の末路を。
彼女のことを、本気で諦めたくないと思っていた。他の誰でもない俺が言ったんだ。諦めるなと、一緒に生きる道を探そうと。
…だけど、美琴さんからはもう生きたいと願う匂いがしなかった。

「沢山の人を…殺した。私だけが生き残ろうなんて…最初から思ってなかった…」
「……うん」

刀を握り直す。
凛は自分が美琴さんを斬ると言っていたけど、やっぱりそれだけは駄目だと思う。最後の家族である美琴さんを自分の手で殺めてしまえば凛は生きる気力を無くしてしまう。美琴さんは凛にとって最後の家族で、最後の希望だったんだから…

「…ふふ、嫌な役回りだね…竈門炭治郎…」
「…そんなことないよ。美琴さん。せめて、その苦しみから解放することが出来るなら…俺は君を斬る」

美琴さんから酷く優しい匂いがする。こんなに優しい匂いを鬼から嗅ぎ取れる日がくるなんて思っていなかった。…鬼は人間なんだ。元々、俺たちと同じ人間で、悲しみや苦しみもあって…決して問答無用で切り捨てて良い命じゃないんだと再確認させられる。

「…あなた、お姉ちゃんのこと好きなんでしょ…」
「え…?」
「私…そういうの、昔から分かるの…」

凛のことが、好き。
……ああ、そうだな。この気持ちはそういうことなんだろう。

「……うん。好きだよ」

口に出すとそれは驚くほどすとん、と俺の心に落ちた。そうか、俺が凛に抱いていた気持ちはこれだったんだな…
美琴さんは俺の返事に口元を緩ませて楽しそうに笑った。

「…ふふ、お姉ちゃんを私から取るなんて…許せないけど……あなたなら…いいよ…」
「……ありがとう」
「…お姉ちゃんのこと……ちゃんと…幸せにしてね…?」
「…ああ、約束するよ」

次の瞬間、美琴さんは激しく咳き込んで血溜まり作る。こうしている間も美琴さんの体の中では無惨の呪いが彼女を殺しにかかっている。…なんて酷いことをするんだ…!

「ね、お姉ちゃんに…伝えてほしいの…」

それはきっと、美琴さんの最後の言葉になるだろう。
俺は美琴さんの残っている右手を禰豆子と共に優しく包み込むと美琴さんはやっぱり優しい匂いをさせる。

「私の分まで…幸せに……生きてねって…」
「……うん」
「大好きだよって……伝えて…?」
「うん、必ず…伝えるよ」

美琴さんはありがとうと言ってそれを最後に何も喋らなくなった。まだ生きている。だけど、体力はとっくに限界だったんだ。もう指先すら動かせないほど消耗しているのに地獄のような苦しみは続いてるのだと思う。…だから、俺は──

「水の呼吸 伍の型」

美琴さんとの約束を胸に、彼女の頚へと型を繰り出した。

「──干天の慈雨」

幸せになってね




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