探しもの編 参


彼女からはむせ返るような血の匂いと、寂しさを滲ませた匂いがずっとしていて、凛に向ける愛情もまた本物だった。
凛と同じ顔をした美琴さん。凛を助けたいというのは本気なんだろう。今彼女は自分と共に行動していた鬼を殺そうとしているのだから。

「禰豆子!凛を守ってくれ!」
「うぅっ!」

意識を失ってしまった凛を禰豆子に託して刀を握り直す。美琴さんが足止めをしてくれているけれどあの鬼は強い。凛を手当てするためにも一刻も早くこの鬼を斬らなければ──!

「うんうん、やっぱり紀悲ちゃんの血鬼術は最高だね」

紀悲──美琴さんの血鬼術に体を裂かれながらも楽兒と呼ばれた鬼は愉しそうに笑うのをやめない。辺りは二人の血に塗れていて、人間だったら二人とも既に絶命していてもおかしくない出血量だ。
だけど、怪我が一切治っていないのは美琴さんだけだった。


「だけど、紀悲ちゃんじゃあやっぱり俺は殺せないよ」
「くっ──!」

楽兒の拳が美琴さんへと降ろされる。それを、

「ヒノカミ神楽 輝輝恩光!」

俺は防ぎ切り、またしても楽兒の腕を斬り落とした。

「ははっ、鬼と人間の共闘なんて珍しい。だけどなあ鬼狩り?紀悲ちゃんは今まで沢山の人間を殺して食ってきたんだぜ?それを助けるのはどうかと思うなあ」
「…確かに彼女は人を殺した匂いで満ちている」

本来なら、どんな理由であれ俺は彼女を斬らなければならない。だけど──

「でも、美琴さんは凛の妹で、凛は美琴さんを助けたがっている。だから俺は美琴さんを助ける!」

理由なんて、それだけで良かった。
俺は凛に笑っていてほしい。寂しい顔をしてほしくない。禰豆子を通して美琴さんを見ていた時、凛はとても優しく寂しい表情をしていたのを知っている。俺に初めて本音を曝け出した時、壊れそうなほど切ない匂いをさせて涙を流したのを俺は知ってるんだ。

「はあー人間ってのは気持ち悪くて仕方がないよね。じゃあもう一ついい事を教えてあげるよ。紀悲ちゃんはもう助からない。俺たち鬼はねえ、裏切り者は絶対に許されないんだ。あの方に内部から壊されていき、再生する事も出来なくなり最後は日の光で死ぬしかなくなる。だからお前が助けたところで紀悲ちゃんが死ぬのに変わりはないよ」

その言葉に美琴さんを見れば明らかに食らった傷は治っておらず、口からは夥しい血が流れ続けている。
珠世さんが以前戦った鞠使いの鬼を思い出す。彼女は鬼舞辻無惨の呪いによってバラバラにされて最後は日の光で死んでしまった。無惨は鬼の細胞を破壊出来ると珠世さんは言ってた。それが本当なら美琴さんはもう──

「私はただ、お姉ちゃんを助けたいだけ」

美琴さんが俺の目を真っ直ぐ見て言葉を紡ぐ。

「人を沢山殺した私が助かりたいなんて思ってない。お姉ちゃんが生きていればそれでいいの。だから、余計な事を考えずに力を貸して──竈門炭治郎」

俺が最初に名乗った名前をハッキリと美琴さんが口にする。覚悟を決めた時の表情も匂いも、凛と本当によく似ている。ああ、この子は紛れもなく斎藤凛の妹なんだ。

「ああ、本当に。俺は紀悲ちゃんのこと好きだったのになあ」
「竈門炭治郎!楽兒と目は絶対に合わせないで!」
「─っ、わかった!」

美琴さんが叫び俺は楽兒の目線から逃れる。きっとそれが発動条件なんだ。楽兒と呼ばれる鬼の血鬼術は二つ。相手の動きを視線が合っている間止めるものと、自分の拳や足を強化する血鬼術。今まで戦ってきた鬼とは違って血鬼術が「常に」発動しているような状態なんだ。

「竈門炭治郎」

美琴さんが思い切り腕を振り下ろし、楽兒はそれによって発生した刃を避ける為に大きく後退した。たったそれだけの動作にも耐えきれず美琴さんの腕はごとり、とその場に落ちてしまう。美琴さん──そう声をかけようとするとまだ距離を詰めていない楽兒を横目に美琴さんは傷口を押さえながら俺に声をかけてくる。

「一度だけ、楽兒の動きを確実に止められる。その一度であなたは必ず楽兒の頚を斬って」

──美琴さんは、死ぬつもりだと分かった。
きっと命をかけて楽兒の動きを止めるつもりなんだ。それほどまでにあの楽兒という鬼は強く、近寄り難い。まさに千載一遇の隙を命をかけて作ってくれるのだろう。
死んでは駄目だと。凛と一緒に帰るんだと。本当は口に出したかった。だけどそれは、美琴さんの覚悟を踏み躙ることになる。

「……ああ!必ず斬る!」

俺がそう言うと美琴さんは凛とよく似た顔で優しく微笑み、凛の方を少しだけ振り返った。そして、襲いかかる楽兒に美琴さんは──


***


俺は人間の時から女って奴は馬鹿で騙しやすくて可愛い食い物だと思って生きていた。
俺は顔が良かったからな。黙っていても女は寄ってくるし、演技をすれば金だっていくらでも貢いでくれた。人生なんて簡単で堪らねえなと思っていた矢先に騙して財産も名誉も全て食い尽くした女に刺されてはい終わり。まあ俺らしい最後だったんじゃねえか?と思っていた時に無惨様に拾われたんだよな。お前は既に鬼だな、ってさ。

鬼になってからも女のほうが柔らかいから好んで食ったね。夜の町を歩いていれば餌は向こうからやってくるし、食えば食うほど強くなっていくのも分かったしな。鬼狩りもかなりの数を殺したなぁ。あいつらは俺の血鬼術と相性が悪かったみたいで大体は最初に動きを止めてぶち殺して終わりだったからさ。

まあそんな生活をもう何十年と送ってきたわけよ。俺は十ニ鬼月とかは興味なかったし女さえ食えれば良かったから入れ替わりの血戦とかも申し込まずにのらりくらりと鬼として生きてきたってわけ。
そんな時、久々に無惨様からお達しが届いた。
「私の呪いをほとんど外した女鬼がいる。全てを外したわけじゃないからお前が見張れ」ってさ。呪いなんて俺達につけてたわけ?俺が無惨様に殺されなかったのは俺自身がいつこの人生が終わっても構わないとバレていたからかもしれない。別に死ぬのが怖くなかったんだよね。
俺はね、生まれた時から生きていたいと思ったことは一度もなかったの。なんとなく生きてなんとなく死んで。まあ生きてる間は楽しく自由にが俺の生き方。鬼になる時ももう少し女で遊べるならいいかってくらいの気持ちだったしさ。

そんな時に出会ったのが紀悲ちゃん。残念だったよ、可愛い子でさ。人間だったら間違いなく食っていたと断言できる。女ってのは俺を見ると猫撫で声で寄ってくる馬鹿な生き物だと思ってたんだけど紀悲ちゃんは全然そんなのなくてさ。ずっと冷たいの。だから試しに好きだよって伝えてみたら「私はお姉ちゃんしか好きじゃない」の一点張り。どんなに優しくしてもどんなに尽くしてあげても紀悲ちゃんは俺のことなんて好きにならないで「お姉ちゃん」ばかりを好きでいるから、生まれて初めて嫉妬なんかしちゃってさ。それで気付いたんだよね。俺、紀悲ちゃんのこと本当に気に入ってんだなって。
だって初めてだったから。俺のことを好きにならない女の子なんて。それが逆に「俺」をちゃんと見てくれてると理解するなんて、皮肉だよねえ。

「血鬼術──」

だから紀悲ちゃんが大好きなお姉ちゃんも、どうせ死んでしまう紀悲ちゃんも俺が殺してちゃんと食べてあげるよ。俺のものにならないのなら、俺の手で壊しても構わないだろ?紀悲ちゃんなら分かってくれるよね?

「──哀眼双視」

その瞬間、紀悲ちゃんの動きを止めるために合わせた視線を通して俺の目が腐り落ちるのが分かった。

「ぐっ!?」

あまりの激痛に目元を抑える。目玉が腐り落ちていて、何も見えない。
ありえない、俺の視覚の血鬼術よりも遥かに強い視覚の血鬼術を紀悲ちゃんが使ったというのか!?なら、その代償は──

「ヒノカミ神楽 」

鬼狩りの声がする。あまりの激痛に感覚すら鈍っていてどれだけ頚を強化しても俺の腕をいとも簡単に落としたこいつの一撃は避けられないだろう。詰みだな。

「あーあ、」

両手を広げて天を仰ぐ。
光が俺の目に届くことはもうない。だから、脳裏にこびりついた初めて惚れた女の姿を最後に思い浮かべた。

「愛してたよ、紀悲ちゃん」
「円舞!」

叶うことなら、紀悲ちゃんの本当の笑顔が見たかったなぁ。

それは初めての恋だった




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