探しもの編 壱


ああ、高揚する!なんて嬉しいんだろう!

「あぁああ゛、た、だす、け……っ!」
「ごめんねえ?紀悲ちゃんが鬼狩りを殺したがってるからさあ?」

うるさい餌が痛い痛いと声を上げる。この餌にはもう両足もなく刀も砕いてしまったのであとは死ぬだけだ。この餌にはもう用はない。

「これはもういらない。殺して」
「仰せのままに!」
「やめ──っ」

ぐしゃり、と。餌はそれっきり喋らなくなった。
そしてその餌と一緒に私達を前にした鬼狩りはガタガタと震えて腰を抜かしていたので私はその鬼狩りの前にしゃがみ込んだ。

「ひっ……!」
「ねえ、鬼狩りに私と同じ顔をした隊士がいるでしょ?」

そう尋ねると鬼狩りは顔を真っ青にして首を傾げる。知り合いじゃないのかな。面倒臭いなぁ。

「凛。名前は凛よ。私はここで待ってるから会いに来てほしいって伝えてほしいの」

あの方から送られてきた記憶の中に、確かに彼女はいた。上弦の陸を倒した一人に。ずっとずっと会いたかった。どうしても会いたくて、会いたくて会いたくておかしくなりそうだった。やっと会えるね。

「伝えられないなら殺す」

どう?と聞けば鬼狩りは絶対に伝えると私達に土下座をしたので、私達は惨めな鬼狩りを見逃した。

「やーっと紀悲ちゃんの探しものに会えそうだねえ」

私と共に行動をしている楽兒が殺した鬼狩りをバラバラにして食べている。鬼狩りは嫌い。あの日私のことを邪魔した鬼狩り達なんて皆死んでしまえばいい。

「ああ、早く会いたい…お姉ちゃん!」

大好き。大好きよ。お姉ちゃん。
今すぐにでも会いたい。ずっとずっと探し求めていたお姉ちゃん。もう私を一人しないで?ずっとそばにいて。大好きよ、この世で一番──


***


その日も私達は蝶屋敷で鍛錬をして、休憩をしながら談笑をして。そんないつも通りの日々を送っていた。

「あ、十蔵君」
「松衛門も。指令かな」

鎹鴉が持ってきた指令を受け取り、私と炭治郎はお互いにそれに目を通して──言葉を失った。

「? 何、どしたの」
「あ、ああ。今回は俺と凛は同じ任務みたいだ」
「何ぃ!俺様を差し置いて狡いじゃねぇか!」

善逸と伊之助の言葉に俺は返事をするが、凛は何も反応出来ずにいる。当たり前だ、今回の任務の内容は「斎藤凛の妹と思われる鬼と連んでいる鬼。その両方の討伐」と記されていたのだから。



「凛、大丈夫か?」
「え? うん、大丈夫!」

明らかに顔を真っ青にしてほとんど何も喋らないまま俺達は目的地に向かっていた。
凛の妹──美琴さん。ずっと凛が探し求めていた鬼になってしまった最後の家族。やっと会えるという嬉しさよりも、どうすべきかを迷っているのだろう。だって、指令にはこう書かれていたから。「鬼殺隊士を惨殺」と…。

「炭治郎」
「っ、なんだ?」
「炭治郎のおかげで、私は美琴ともう一度生きてみようと思えた」

凛は俺の方を見ずに真っ直ぐと前を見据えたまま語り続ける。

「だけど…無理だと悟ったら私は美琴を殺す。それが、姉として。あの日美琴を止められなかった私がすべきことだから」

凛から酷く悲しい匂いがする。
本当は殺したくない、そんな痛ましい思いが手に取る様に分かった。
俺が凛の立場だったら禰豆子のことを斬れるのだろうか?
禰豆子が人を食った場合、俺は禰豆子を斬り腹を切ると誓った。禰豆子は人を食ってはいないけど、もし食ったら?俺はその時、本当に禰豆子を斬るのだろうか?禰豆子を元に戻すために鬼殺隊に入ったのに?

「凛、俺は凛の心のままに動いてほしい」
「え…?」
「美琴さんを殺すのも、助けるのも。凛が決めたことなら俺は何も言わない。ただ、殺さなきゃいけないと決めつけないでほしい。後悔のない選択を、俺はしてほしい」
「炭治郎……」
「俺は絶対に凛の味方だから」

俺の言葉に凛が泣き出しそうな顔をしてぎゅっ、と下唇を噛む。本音を言うなら、美琴さんにも助かってほしい。人を沢山殺してしまってるであろう彼女を救える方法は…今はまだ見つかっていない。だけど凛の最後の家族なんだ。鬼だから、という理由だけで斬るのはどうしても気が引けてしまった。…今までの鬼には刀を振るったくせに、結局俺は凛に悲しんでほしくないだけなんだ。その自分勝手さに嫌気が刺した。

「炭治郎、私は……」

凛が何かを言いかけて、俺達はぴたりと足を止めた。この匂いは…人を沢山食った鬼の匂いだ…

「お姉ちゃん!」

暗闇から現れたのは、凛と同じ顔をした鬼とその鬼に愉しそうに寄り添う男の鬼だった。


***


ずっと会いたかった。
会って、話して、どうしてあんなことをしたのか聞きたくて。本当は一緒に死のうと思ってたんだよ。だけど、もしかしたら戻れないかなって。炭治郎が言ったように一緒に生きれる道はないかなって時間さえあれば考えていた。

目の前にいるのは、美琴なのに、もう美琴じゃない。

鬼となった美琴が私と炭治郎の前に現れる。
これは誰?姿も声も確かに美琴のものなのに纏う空気が全然違う。なに、この、禍々しい空気は。
隣にいる炭治郎からも緊張感が伝わってくる。彼は鼻が良い。なら私よりも明確に分かっているのかもしれない。今日までに美琴がどれだけの人間を──

「会いたかった、お姉ちゃん!」

嬉しそうに、本当に嬉しそうに美琴が笑う。鏡写しのような双子の妹。私がもし鬼になったら目の前にいる妹のようになるのだろう。それほどに私達は似ていた。

「美琴、私も会いたかった…」

私がそういうと美琴はパァっと嬉しそうな表情を作る。…覚悟が鈍る。目の前にいるのは紛れもなく鬼で、人殺しで、そして何より、実の妹なのだ。

「美琴…!私と一緒に人間に戻る方法を探そう…!」
「嬉しい…やっぱりお姉ちゃんだけ。私のことを好きでいてくれるのは」

美琴は私の言葉なんて耳に入っていないように楽しそうに笑みを浮かべ続ける。

「私だけ…?」
「うん、家を出てから毎日私を好きになってくれる人がいないか探し続けたの。でもダメ。皆私を好きになってくれなかった。女の子は逃げようとするし男の子は体目当ての人達ばかり。だから皆私の一部になってもらったの。そうすれば一生私に尽くしてくれるから」

息が止まる。家を出てから毎日?
美琴が鬼になったのは四年前。四年間、彼女は人間を殺して食べ続けたと言うのだろうか。
私が顔を青くしていると、美琴と一緒にいる鬼は愉しそうに笑い声をあげる。全てが癪に触る。いっそのこと、全部夢なら良いのに。

「美琴、一体何人の人を食べたの…?」

私の言葉に美琴はぽかん、と。本当に何を言っているのか分からないという顔をする。

「え、そんなの覚えてないよ。お姉ちゃんは何年分もの食事を全部覚えてるの…?」

本当に困ったように美琴が言う。この子は、この子にはもう人としての道徳や罪悪感というものが残っていないんだ。

ごめん炭治郎。あんなにも私達のために寄り添って考えてくれたのに全ては無駄だったみたい。
この子はせめて、私の手で終わらせてあげなければならない。
刀に手をかけ美琴へと視線を向ける。きょとん、と。何故自分にそんなものを向けるのか全く分からないといった顔で美琴が私を見つめてくる。

「お姉ちゃん?」
「美琴、覚えてる?私が言ったことを」
「え、何?どういうこと…?」
「どんな理由があろうと人殺しは許されない」

私の言葉に美琴は眉を顰める。その表情は、美琴が寂しがっている時によくしていた表情で昔と何も変わらなくて、それが酷く悲しい。

「お姉ちゃん…」
「だから美琴、せめて。せめて私の手で終わらせてあげる。それがせめてもの…」
「違う違う、違うよお姉ちゃん」

次の瞬間、息を吸うのも辛いほどの重圧が私たちに押しかかった。

「な…!?」

あまりの殺気に息苦しさを覚える。
美琴とその横の鬼を凝視しても、目に数字は刻まれていない。だというのに放たれる凄まじい殺気に私も炭治郎も身構えると美琴は楽しそうに笑い声を上げた。

「私はね、お姉ちゃん。もうお姉ちゃん以外はいらない。私はお姉ちゃんが側にいてくれさえすればそれでいい」
「…そうすればもう人を襲わないってこと?」

その言葉にやっぱり美琴は違う違う、と笑顔を浮かべる。

「どうして?ご飯は食べるよ、生きてるんだもん。でもお姉ちゃんはそんな私を嫌がるんだよね…だからもう何処にも行かないように両手と両足を取って持って帰るの。私の側にずっと置いてあげる。ああ!お姉ちゃんが私の側にずっといるなんて考えただけで嬉しくなっちゃう!」

背筋に悪寒が走る。本気だ。滅茶苦茶なことを言っているけど美琴は本気で私を「生け捕り」にするつもりだ。

「大丈夫絶対に死なせないから。お姉ちゃんは死ぬまで私と一緒よ」
「ふざけるな!!」

それまでずっと黙り込んでいた炭治郎が刀を手にして私を背に隠すように前へと歩み出る。
今まで炭治郎のことなど全く目に入っていなかったのか、美琴は楽しそうな笑顔を一切消して炭治郎を睨みつけた。

「…誰?」
「俺は竈門炭治郎!君のお姉さんの仲間だ!」
「仲間……?」

美琴の纏う空気がどんどん重いものへと変わっていく。私と話していた時とは打って変わって、明確な殺意を炭治郎に向けている。

「凛はずっと、君のことを探していた。一緒に生きることは出来ないかって、君が人を殺したことを分かっていてもずっと悩み続けていたんだ!」
「うるさい!」

炭治郎の言葉に美琴は感情を露わにして叫んだ。
そしてそんな美琴を愉しむようにもう一人の鬼は笑って背伸びをする。…二人の空気が一層重くなったことに私も炭治郎も気付いていて、刀を構え直す。

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんには私だけでいいの。私にもお姉ちゃんしかいないんだから。お前は邪魔。お姉ちゃんは手足を無くして私とずっと一緒にいれればいいの、私はたった一人の妹なんだから。それを邪魔するなら殺す」
「ふざけるな!大切な相手を傷つけて尊厳を踏みにじるようなことを何故やろうとする!?君は間違っている!俺は絶対に引き下がらない!」
「楽兒!!」

美琴がそう叫ぶと愉しそうに笑っていた男の鬼が一瞬にして炭治郎の目の前に現れ、炭治郎を思い切り突き飛ばす。

「炭治郎!」
「凛!俺は大丈夫だ!凛は…答えを出すんだ!」
「楽兒!殺して!一秒でも早く!早く殺して!」
「はいはい、仰せのままにいー」

楽兒と呼ばれた鬼が炭治郎との斬り合いを始める。そして私は──

「お姉ちゃん、抵抗すると痛みが続くだけだよ?」

ついに、探し求めていた美琴と戦う時がきてしまった。

相容れない想い




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