幕間 参ノ弐


ある昼下がり。鍛錬を終えて縁側に座り込み、あまりにも良い天気に左腕を伸ばしてみる。その腕にはくっきりと鬼によって刺された傷跡が残っていた。
運良く神経も傷付かずこれだけで済んだのなら万々歳だ。あの時私は左腕を切断されてもおかしくはなかった。炭治郎があの鬼の頚を斬ってくれたから今も私の左腕は繋がっている。

「痛むのか?」

私の様子に気付いた炭治郎がそのまま私の横へと腰を下ろしてそう声をかけてきた。くっきりと残った痛々しい傷跡を見てそう思ったのだろう。

「全然痛くないよ。結構くっきり残ったなぁって思っただけ」
「そうか。痛くないなら良かった」

炭治郎が安心したように笑う。炭治郎はよく私のことを女の子扱いする時があるけれど、私はもうその扱いを受けるには値しないと思う。
腕だけじゃない。腹部に受けた傷跡もくっきりと残っていたし、鍛錬や今までの鬼と戦った傷跡だって体中に沢山残っている。それを別段嫌だと思うわけではないけれど、なんとなくもう普通の女の子には戻れないなと思ったのだ。

「あーあ」
「? どうしたんだ?」
「いつの間にか傷だらけになったなぁって思って…ちょっと前まではこんな風になるなんて思ってなかったからさ」

四年前まで、私はきっと普通の女の子だった。
家族と暮らして、弟と妹の面倒を見て、お母さんの手伝いをして、たまに町に降りて…。
そんな生活をしていた私が今は手を豆だらけにして刀を握って体中には痛ましい傷跡を残している。
戻りたい、とは思わない。だって戻れないから。それに私が振り返ろうとすれば美琴のことを諦めることになる。それだけは絶対に駄目だ。私は美琴ともう一度会うまで諦めることも死ぬことも絶対に出来ない。
だから、この道を選んだことに後悔はない。

「俺は凛の傷跡を綺麗だと思うよ」

だというのに、炭治郎はやっぱり私を「四年前の私」のように扱うんだ。


***


「いやいや、よく見て?大分凄い傷跡だよこれ」

凛が左腕の傷跡を再度俺に見せて来る。
傷跡は貫通していて、痛ましさを物語っているがやはり俺にはその傷跡が綺麗に見えた。

「うん。でもこれは凛が俺と宇髄さんを守ってくれた傷跡だ」
「ま、まあそれは…そうだけど…」
「凛が傷付くのを見るのは嫌だけど…きっとその傷の分だけ凛は人を守ったんだと思うと俺まで誇らしくなる。凛は凄い子なんだって。優しくて、強くて…そんな凛が俺は綺麗だと思うよ」

勿論、自分のことを第一に思ってほしいけどな!と笑うと凛は顔を真っ赤にさせて俺の鼻を詰まんできた。

「むぐっ!?」
「あのねぇ炭治郎!ずっと思ってたけどそういうのはいけないと思います!」
「な、なにがだ?」
「絶対に将来、女泣かせになるからねそのままじゃ!勘違いさせるようなことは言っちゃいけません!」
「? 勘違い…?俺は思ったことしか言わないぞ?」

そう言うと凛はますます顔を赤くして「もう、知らない」と俺を置いてその場を後にしてしまった。
凛がどうしてあんなに顔を真っ赤にさせて俺に迫ってきたのかは分からなかったけど、凛からは初めての匂いがしていた。

「……甘い?」

ずっと昔、どこかで嗅いだことのある匂いな気がしたがそれが何かは思い出せない。
いつもの凛とは様子も匂いも違ったけれど俺は何かしてしまったのだろうか?


「どう思う?善逸」
「炭治郎が悪い」
「ええ!?ぜ、善逸まで…!?」
「いや絶対女泣かせになると思うわ。炭治郎は悪い男だなー」

やだやだ、と善逸が両手を広げて大袈裟に言う。
一体なんだと言うのだ。俺は女の子のことを泣かせたいと思ったことはないぞ!?
ううむ、と眉間に皺を寄せて悩んでいると善逸が呆れたように溜息をついた。

「俺は炭治郎のそういうところも嫌いじゃないけどさ。唯一とその他大勢を同じ扱いにしてたら最後に泣くのは炭治郎になると思うよ?」
「え?どういうことだ?」
「そのままの意味。炭治郎も早く大人になれよなー」
「善逸にだけは言われたくないぞ?」
「いや、辛辣だねお前も!?」

凛が言っていた意味も、善逸が言っていた意味もこの時の俺は全く理解が出来なかった。
だけどいつか知る時が来るのだろうか。二人の言葉の意味も。あの匂いの正体も。

綺麗な傷跡




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