幕間 参ノ壱


ぱち、と目を覚ますと全身が死ぬほど痛いし両足が折れている。「あ゛ーーー!!痛い痛い痛い!!!!」と叫ぶとその声に気付いたアオイちゃんときよちゃんが走ってきてくれた。

「アオイちゃん!きよちゃん!何これどうなってんの!?俺怪我まみれなんですけ、ど……?」

いつもは静かにしてください!と怒るはずのアオイちゃんが俺のことを見てぼろぼろと涙を流している。それはきよちゃんも同じで。え?何?もしかして俺、死んでる?体あるよね?

「ぜ、善逸さん…!目が覚めて良かったです……!」

しのぶ様ー!とアオイちゃんはそれだけを言い残して部屋から出て行ってしまった。
えっと、どうやら俺は死んでいないみたいだ。だけど今までも怪我をして帰ってくることなんてよくあったのにあんなに泣かれるなんて…両足骨折は流石に驚いたのかなぁ。
なんて、呑気なことを考えている俺にしのぶさんは厳しい現実を伝えた。

「善逸君。あなたもとても重傷でしたが意識が戻って良かったです」

相変わらず綺麗なしのぶさんは安心した、というような優しい音を鳴らせている。だけど気になることも言っていて。

「あなたも…?えっと、炭治郎達は大丈夫なんですか…?」

そう、俺達は鬼と戦って皆大怪我をしていた。どうやって蝶屋敷まで運ばれたのかも覚えていないのだから、あのまま皆で泣きあって意識を手放したのだろう。皆生きていた、きっと大丈夫だ。そう祈っているとしのぶさんは真剣な顔で口を開いた。

「皆、生きています」
「! 良かった…!」
「ですが、三人ともいつ意識が戻るかは分かりません。特に伊之助君と凛さんは体に毒が多く回り、傷も深かったため未だに危険な状態です」

その言葉に血の気が引くのが分かった。
俺以外はまだ、誰も目が覚めていないんだ。そして伊之助と凛は……

「で、でも、あいつら強いし、大丈夫ですよ!きっとすぐに目を覚ましますって!」
「…そうですね。私達も全力を尽くします」

しのぶさんからは張り詰めたような音が聞こえていて、一緒にいたアオイちゃんときよちゃんからは酷く悲しい音が聞こえてくる。
嘘でもなんでもないんだ。皆が危険な状態であることは。
だけどきっとすぐに目が覚める。俺はそう信じて──それから一月半経っても誰も目を覚ますことはなかった。


「凛ーいつまで寝てんだよぉ」

足が完治した俺は、暇さえ見つければ炭治郎と伊之助と凛のお見舞いに来ていた。皆、体に沢山の管を付けられて規則正しく寝息を立てている。昨日とも一昨日とも何も変わらないその様子が酷く悲しい。

「ご飯はさぁ、皆で食べたほうが美味しいんだぞ」

そう言うと炭治郎はいつもそうだな、と笑ってくれた。伊之助は飯は飯だろう!なんて言うくせに誰よりも楽しそうに皆とご飯を食べていたし、そんな俺達を見て凛は誰かの好物が食卓に並んでいたらいつも自分の分をその相手にあげたりしてたっけ。
それがいつの間にか俺の日常になってて、いつの間にか当たり前だと思い込んでいた。

「……だからさぁ…早く目を覚ませよな…」

俺は一番弱いのに、どうして炭治郎達の方が深手を負ってしまったんだろう。もしかしたら俺が迷惑をかけたのかなぁ、両足も骨折してたし…なのに俺だけは毒を食らってなかった。
肝心な時、俺はいつも記憶がない。目が覚めると負傷していたり鬼を斬っていたり。炭治郎も伊之助も凛も俺のことを強いと言うけど、俺は強くなんてない。運が良いだけなんだ。
だから今回だって俺だけがすぐに目が覚めたに違いない。


「もう、善逸は弱くないよってずっと言ってるのに」

俺の二月半後に目を覚ました凛に、任務から帰ってきた俺はそんな弱音を吐くと凛は嘘偽りのない音をさせてそう言った。

「いやお前ね!?どれだけ俺が凛のこと心配したと思ってるの!?それに対してまず詫びて!?」
「あははは、いやその節はご心配をかけました」

凛は俺が任務をこなしている間にすっかり完治していて、今ではこんな軽口も叩けるようになっていた。炭治郎と凛の意識が回復したことを手紙で知らされた時は今まででこんなに嬉しいことを感じたことがないくらい嬉しかったし、伊之助は任務に出る前に意識が回復していたから全員目が覚めたことに喜びを隠せなかった。早く帰って皆に会いたいな。それを胸に任務を終えて帰ってきたのだ。

「善逸はね、弱くないよ」
「いやいや嘘でしょ。今回だって俺何も覚えてないんだよ?」
「うーん、その原理は私にもよく分からないけど」

でもね。と凛は俺の目を真っ直ぐと見据えた。

「上弦の鬼を前にした時、善逸は女の子のために声を上げて、手を掴んだ」
「え?」
「普通出来ないよ。私は怖くて体が動かなかった。善逸はね、確かに怖がりなのかもしれないけど困った人を前にした時に動くことが出来る強い人だよ」
「いや、あれは……」
「それに、炭治郎を庇って瓦礫に埋もれたのも善逸だって聞いたよ?」
「それは…俺は覚えてないからさぁ…」

それは炭治郎にも言われた。
善逸、あの時庇ってくれてありがとうと。…俺は肝心な時何も覚えていない。だけど、夢を見ていたような錯覚に陥ることは多いんだ。夢の中の俺は強くて頼もしくて。あんな風に振る舞えたら格好良いんだろうなって…。
でも、今回はその夢の話を炭治郎や伊之助、凛も知っていると言う。これは一体…?

「善逸が覚えてなくても、私達が覚えてる」
「え?」
「善逸が自分を弱いと言うのなら、私達が善逸を強いと言い続けるよ」
「……凛」
「ね? まずは私達のことを信用してみない?」

ああきっと。人はこういう時、人に惹かれるんだろうなと本能的に分かった。
炭治郎も伊之助も凛も。俺には勿体無いくらい真っ直ぐで良い奴らで。この濁った音が渦巻く世界で三人の音はいつも驚くほど綺麗だ。それは禰豆子ちゃんも同じで。鬼の音に混じってあんなにも綺麗な音をさせる子に俺は出会ったことがない。
そんな凛達が、俺を信用してくれてる。なら、それを疑う必要なんてどこにもないんじゃないかな。

「…ふーーん?ま、凛がそこまで言うなら?俺はもしかしたら強いのかもしれないね!?」
「うんうん、その調子!」
「もしかして、モテモテになっちゃうかも!?」
「それは知らない!」
「正直者ぉ!!」
「凛、善逸ー!」

俺達の姿を見つけた炭治郎が駆けつけて来る。
嬉しそうな音をさせて、喋る炭治郎。本人は気付いていないけど、炭治郎が凛にだけ鳴らせる音を俺は知っている。
正直言うとさぁ、凛って良い奴なんだよね。禰豆子ちゃんのことは大好きだよ?もっと知りたいと思うし人間に戻ったら色んなことをしてあげたいって本気で思ってる。
だけど俺にとって凛も特別なわけよ。まあ、同期だし付き合いも炭治郎と一緒で長いもんね?この気持ちが炭治郎と同じものになる前に、親友の想いに気付けて本当に良かったなと心から思う。

「善逸?なんでそんな変な顔をしてるんだ?」
「言い方酷くない!?炭治郎達の目が覚めて嬉しいの!」
「善逸は翌日から目が覚めていたんだもんな。本当に善逸は凄いなぁ!」

きらきらと、本気で俺を凄いと褒めている音がする。あーあ、本当に綺麗な奴。
そんな大好きな二人が幸せになってくれるなら全力で応援しますよ俺は。

嘘のない音




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