遊郭編 肆


声が聞こえる。少しだけ、意識を飛ばしてたみたいだ…
鬼と炭治郎が何かを喋っている。…目が霞む。毒がどんどん体に回っているのだろう。…痛い、苦しい……負けた……の…?

「俺は…俺は……準備してたんだ」

炭治郎の声が私に届く。そして思い切り鬼に頭突きするとぼろぼろの体で刀を握り直し、鬼の頚に刀を振り下ろす。
炭治郎は諦めない。いつも真っ直ぐだ。私に生きることも美琴のことを諦めるなと言った時も炭治郎は私よりも私のことを諦めないでくれた。
──その生き方に、酷く焦がれた。

落雷なような音がして善逸が花魁の鬼の頚に刀を振るう。
私は何をしてる?毒が回ってる?関係ない!皆命をかけて戦っているんだ!死ぬならちゃんと役に立ってから死ね!

炭治郎があと少しのところで刀を押し戻され血の刃がまだ体勢が整っていない炭治郎を襲う。
それを私は、受け止めて捌く。もう、自分の体の感覚すら曖昧だ。

「凛…!」

鬼の鎌が私の首へと振り下ろされる。避けなければ、死ぬ。だけど避けられない。でも、諦めない──!

「…!」
「!?」

私と炭治郎を救ったのは宇髄さんだった。生きていた宇髄さんは鬼の一撃を受け止め、反撃する。

「譜面が完成した!勝ちに行くぞォオ!」

宇髄さんが鬼の技を全て捌き切り道を作る。鬼は足掻いて鎌で炭治郎の顎を貫き、もう片方の鎌で宇髄さんを刺し殺そうとするのを私は体ごと庇い、左腕で鎌を受け止めた。
炭治郎が頚を斬れなければ、炭治郎はそのまま顎を裂かれ私は左腕を失うことになるだろう。
ここで決めなければ、終わりだ!

「ガアアアアア!!!」

炭治郎の雄叫びのような声が響く。
そして、鬼の頚が炭治郎の手によって斬り落とされた。


***


「……!凛!」
「うぅっ!」
「……たんじろ…」

炭治郎と禰豆子ちゃんが私のことを覗き込み、返事をすると炭治郎が泣きながら私のことを抱き締める。痛い痛い、本当に痛いけれど、これは生きてる証拠ってことかな…

「あれ、私…毒は…?」
「それが俺もよく分からなくて…でも、生きててくれて本当に良かった…!」

体中が痛くて仕方がないけど、皆の安否が気になる。宇髄さんは?善逸は?伊之助は?
そんな心配をしていると「たああんじろ〜」と炭治郎の名前を呼ぶ善逸の声が聞こえてきたので私達はすぐに移動した。

善逸は重傷だったけれど意識もハッキリしていて会話をすることも出来た。だけど伊之助は重傷なうえに毒も喰らっていて危険な状態だった。

「伊之助!」
「伊之助…!しっかりして…!」

私と炭治郎は伊之助に縋るけれど、返事がない。このままでは伊之助が死んでしまう!そもそも、私も炭治郎も毒を受けたはずなのにあの時の焼けるような痛さは感じない。何が私達を解毒したんだ…!?

私と炭治郎が頭を悩ませていると、禰豆子ちゃんが伊之助の傷跡を血鬼術の火で燃やす。すると毒で爛れた皮膚が治り、伊之助は「腹減った!なんか食わせろ!」と意識を取り戻したので何が起こったかはよく分からなかったけれど私も炭治郎も泣いて伊之助に抱きつくのだった。

炭治郎は宇髄さんも毒を食らっていたのが心配だからと禰豆子ちゃんと共に宇髄さんの元へと向かった。
私と善逸と伊之助はもうその場から動くことすら出来ず、だけど生きていることに喜びを噛み締めていると戻ってきた炭治郎が私達を抱き締めてくれたので、皆で大泣きをした後そのまま意識を手放すのだった。


***


「お姉ちゃん、美琴のこと好き?」
「大好きだよ!」
「美琴もお姉ちゃんのこと大好き!」

きっと美琴には、それだけで良かったんだ。
誰かが自分のことを好いてくれてる自信がなかった美琴。だけど、私だけは自分のことを見捨てないと信じて縋っていた。
あの時。もしも私が美琴の手を取れていたら。
たとえ美琴が鬼になってしまったとしても、炭治郎と禰豆子ちゃんみたいに今でも仲の良い姉妹でいられたのだろうか。

時は戻らない。
どれだけ後悔してもやり直すことは出来ない。

それでも思わずにはいられないんだ。
あの時、美琴の手を取っていればと──



「ん……、」

意識が覚醒する。
ここは…?私は、……えっと…

「凛!!」

大きな声で名前を呼ばれる。全身が自分のものじゃないくらいだるくて、視線を向けると炭治郎が涙を浮かべて私の顔を覗き込んでいた。

「目が覚めたんだな!?良かった…!本当に良かった…!皆ー!凛の目が覚めたぞー!!」

興奮気味で炭治郎が叫ぶと、地響きがしそうなほど皆が駆けつけてくれてアオイなんか大号泣で私に抱きつき、なほちゃんもきよちゃんもすみちゃんも大泣きで、カナヲも目に涙を浮かべてくれている。随分心配をかけてしまったんだなぁとあまり働かない頭でも理解できた。

「凛さんと伊之助さんが一番重傷だったんです。傷も深く毒もだいぶ回っていたので…」

しのぶ様も、助かるかどうかは五分だと仰られてました。ときよちゃんが恐ろしいことを言う。
良かった、生きていて。あまり思考がまとまらないけどなんとか帰ってくることが出来て本当に良かった。

「凛、ごめんね…!あたしの代わりに……死んじゃったらどうしようって、……う、うぅ…っ!」

アオイがこんなにも取り乱してるのを初めて見た。自分の代わりだなんて、そんなこと全く気にしなくていいのに。私が眠っている間ずっと辛い思いをさせてしまったのだろう。
私はアオイの頭を撫でて、

「ただいま」

と言うとやっぱりアオイはもっと泣いてしまうのだった。

暖かい目覚め




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