序章 弐



鬼と戦える力が欲しいと願いました。
きっと他の鬼殺隊士を目指す人も辛い訓練を受けているのでしょうね。え、私はって?正直何度死ぬと思ったかは分からないし走馬灯も見ました。
嗣莉さんも「いやー死んだと思ったわ!」って笑ってましたしね。笑い事じゃなくない?

そんなわけで嗣莉さんの修行は一言で言えば地獄。基礎体力作りの時点でどれだけ吐いて気絶したことか。最初の一月なんて「気絶するまで休憩なし」と言われた時の衝撃は今でも忘れられない。

嗣莉さんが教えてくれた型は「風の呼吸」の型でこれがまた難しいとかいう話ではない。体幹が定まってなければ全く話にならないため、私は今まで生きてきた生活とは打って変わって激しい毎日を過ごしていた。
手は豆が潰れて血塗れ、筋肉は限界を越えると痙攣が止まらない。反射訓練は湯呑みを使用しているが中身は入っていない。先に湯呑みを手にした人がそれをそのまま投げてくる。湯呑みの意味は?勿論私は嗣莉さんに投げれたことはないし、こぶが耐えない毎日を送っている。嗣莉さんとの組手は、組手じゃないよあれ。一方的に投げられて転ばされて殴られるだけの暴力です。だけど利き腕である右腕がない嗣莉さんは、それでも物凄く強くて私なんて全く相手にならない。本当に凄い人なんだ。

そんな日々を過ごして二年。
体力や体幹もつき、型だって使えこなせないものもあるが、覚えることが出来た。
そんな私を嗣莉さんは洞窟の前まで連れてきたのだった。

「この洞窟は…?」
「風の洞窟。言葉のまんまの洞窟だ。真っ直ぐ走っていくだけで外に出れるから、この洞窟を駆け抜けて外に出るのが修行…ま、一回全速力で走ってみな」

いつも通り丸投げの説明に嫌な予感しかなかったが、私は嗣莉さんに言われた通り全速力で洞窟の中へと走っていく。いつも外で走ってる時のように障害物もなければ嗣莉さんの攻撃も飛んでこない。これは余裕なのでは──

「え?」

その時、突風が吹いて私の体はあっという間に吹き飛ばされた。
一回の突風で入り口まで戻されてしまい、あろうことが洞窟の後ろにあった川まで吹っ飛ばされた私は全身をびしょ濡れにしてぽかん、と口を開けるしかなかった。

「何やってんだよ。風になれ風に」
「か、え!?いや……え!?」
「ほら、もう一度行ってこい」

嗣莉さんに首で合図をされ、私は訳が分からないまま言われた通りもう一度洞窟の中へと走っていく。風になれ?どういうこと?
その後も踏ん張ってみたり、どこか風を遮れる場所がないか探してみたり、岩場に掴まってみたりと試みたがどれも全く意味をなさずに私は吹っ飛ばされては川に叩きつけられて初日を終えることとなった。

「言っておくが、攻略法は自分で見つけろよ」

私は何も教えないからな、と嗣莉さんは私を突き放す。嗣莉さんのところに修行に来てから既に二年が経っている。もしかしたらこれが嗣莉さんからの最終試練なのかもしれない。
私はその日から午前は今まで通り基礎体力作り、型の稽古、嗣莉さんとの組手に費やし午後は洞窟を走り抜ける訓練に没頭していた。
吹っ飛ばされて、吹っ飛ばされて、吹っ飛ばされて……受け身ばかり取るのが上手くなっていくがそれではいけない。どうしても分からない。何が足りない?どうすればこの風を避けられる?…避ける?

『風になれ風に』

嗣莉さんは確かにそう言った。
風になれ、と言われているのに風を避ける?それは何か間違っている気がする。
私はがむしゃらに走っていた足を止めて、洞窟の中で深く深く息を吸い込んだ。─全集中の呼吸を使って、感覚を研ぎ澄ませる。
突風が吹いていない今でも、風は流れ続けている。視覚に頼ることをやめて目を瞑ってみると風の流れを感じる。そして、このまま立っていたらここに突風が来ることが察知出来た。

「これ……!」

空気の僅かな揺れが分かる。そうか、風でも何にでも動きがあれば空気が震える。それを読み、風の弱い道を歩くのが──

「風になる……ぅわああ!!」

原理が分かったところで、信じられない集中力と俊敏な動きが出来なければ吹っ飛ばされるんですね!



「嗣莉さん…!!と、突破…しました…!」

風の洞窟の修行を初めてから一年。私はついにあの突風の中に風の隙間道を見つけて出口まで走り抜けることに成功した。
この修行を行っていくうちに、自分の感覚がどんどん澄まされていくのが手に取るように分かっていった。一番実感したのは嗣莉さんとの組手だ。嗣莉さんが動く時の動作、その僅かな空気の揺れを以前よりも早く感じれるようになったため今までの半分は攻撃を先読みして避けられるようになっていた。しかしもう半分は分かっていても嗣莉さんの速さに追いつけずに攻撃を食らってしまうのが歯痒かったが、間違いなく成長したと自分でも思える。

「嗣莉さん、これで私も…」

最終選別に行けますか?と目で訴えると嗣莉さんは腕を組んで微笑んでくれる。やっと…!

「お前、今日からずっと全集中の呼吸をしてろ」
「え?」
「寝てる時もずーっと。それを全集中の呼吸 常中って呼ぶんだけどな。凛はこれが出来なきゃ最終選別で絶対に死ぬから、出来るまでは選別は受けさせない」

全集中の呼吸は、本当に辛い。疲れるとかそういう次元を越えて辛いのだ。それを寝ている時もってちょっとよくわからないな?
嗣莉さんはそれはもう楽しそうに寝ている時に全集中の呼吸が止まると水をぶっかけてくるし、組手中にふと全集中の呼吸が切れると問答無用でぶん投げてくるしで凄まじい日々が続いた。
こうして私の地獄の特訓はその後一年追加され、最終選別へ向かう時は最初に嗣莉さんに出会ってから四年後のことであった。

彼女は育手の嗣莉さん





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