遊郭編 参


体が地面に叩きつけられて覚醒する。
生きている、そして辺りから戦ってる音が聞こえ、手にはいつの間にか刀が握らされていて私は頭を覚醒させて、私のことを捕らえていたソレに対して一撃を放つ。

「風の呼吸 伍の型 木枯らし嵐!」

私を捕らえていた「帯」を攻撃すると、帯は眠っている人間を襲おうとする。実弥さんに比べたら遅すぎる帯の動きを捌くのは難しくはなかったけれど、手数が多すぎる。

「コイツは本体じゃねぇ!本体を探さねぇと終わりが無ぇぞ!」
「本体…!?本体は花魁の姿をした鬼だよ!」

私のことを助けてくれたのは伊之助だ。
あの後、私は花魁の鬼に殴り飛ばされ意識を失った。殺されずに済んだのは後で食べようと思ったらからだろうか。なんにせよ運が良かっただけだ。
伊之助に向けて叫ぶと、私と同じく捕らえられていた善逸が速く美しい型を繰り出す。まるで落雷のような音を立てて倒れた人達を守る善逸に続くように帯を捌いているとまたしても落雷が落ちたような音がして天井に風穴が空いた。
これが──

「まきを、須磨。遅れて悪かったな」

音柱、宇髄天元!

「こっからはド派手に行くぜ」


宇髄さんによって斬り伏せられた帯はこの場からその姿を一切消した。死んだ、と言うよりはあの花魁の元へ「戻った」のではないだろうか。
この帯はあの花魁の意のままに操れていたのだから、力を分散していたに違いない。
だとすれば、一刻も早く本体を叩かなければまた被害が広がってしまう。

「野郎共追うぞ!ついて来いさっさとしろ!」

伊之助と大声合戦をしていた宇髄さんは凄まじい速さで鬼の気配を追っていく。それに私達は続くのだが、善逸寝てない?
寝てるというのに驚くほど速く走る善逸に混乱しながらも私達は宇髄さんを見失わないようにその後を追うのだった。


あまりにも速すぎる宇髄さんに遅れを取りながらも、どうやら鬼がいる場所へと辿り着くと傷塗れの炭治郎が小さくなった禰豆子ちゃん抱えていた。

「凛!伊之助!善逸!寝てるのか!?」
「炭治郎!禰豆子ちゃん!怪我は…!?」
「俺は大丈夫だ!禰豆子も…酷く消耗はしているけど、生きてる!宇髄さんを加勢してくれ!頼む!」

どう見ても大丈夫ではなさそうな出血量に、禰豆子ちゃんは昏倒したように眠りについている。
私達があの帯と戦い、宇髄さんを追いかけている間炭治郎は本体である花魁と戦っていたんだ。

「任せて安心しとけコラァ!」

伊之助の言葉に炭治郎が少し安心したような表情を作る。確かに炭治郎と禰豆子ちゃんの状態は気になるけど、それならばより一層二人の負担を減らさなければ!

「任せて!すぐに加勢する!」
「すまない!俺は禰豆子を箱に戻してくる!少しの間だけ許してくれ!」
「許す!」
「ありがとう!」

いつも通りの炭治郎と伊之助のやりとりに少しだけ頬が緩むが、それどころではない。あの花魁よりも禍々しい空気を感じる。しかも鬼の気配が、増えてる?
隙間から覗くと花魁の鬼ともう一人、その花魁の鬼よりも強い気配を放つ鬼がいる。どうやらこの遊郭には二人の鬼が巣食っていたようだ。すぐにでも加勢したいけれど、今出て行ってもかえって邪魔になるだけだ。焦るな、必ず機会は訪れる。それを逃すな──!
そして攻防が止まった時、私達は鬼の前に姿を現すことを選んだ。傷だらけの炭治郎も加わり人数ではこちらの方が上だけど、炭治郎は重傷を負っていて宇髄さんは毒を食らっている。

「どいつもこいつも死になさいよ!」

そう言って帯を私達に向けて花魁が放ち、目にも止まらない速度で善逸が花魁ごと外へと叩き出した。

「善逸!」
「蚯蚓女は俺と寝ぼけ丸に任せろ!」
「気をつけろ!」

伊之助と善逸があの花魁の相手をしてくれると言う。ならば、私達は三人で目の前にいる鬼に集中しよう。私は二人のように傷も負っていなければ体力も余っている。少しでも二人の役に立たなければ…!

「妹はやらせねえよ」

鬼は余裕の笑みを浮かべている。

「お前らも同じように、喉笛掻き切ってやるからなああ」

そう発した鬼からは鳥肌が立つほどの殺気を感じる。背中には嫌な汗が吹き出して、刀を握る手は震えている。
集中しろ…!一瞬でも気を抜いたらそれで──

私達があまりの殺気に硬直していると鬼に狙われた炭治郎は宇髄さんによって投げ飛ばされた。
私が炭治郎でも動けなかった。それほどまでに、あの鬼は強力だ…!
そして、空気が揺らいだのが分かった。絶対にこれは捌き切る─!

「風の呼吸 肆の型 昇上砂塵嵐!」

上から降ってきた無数の帯を全て捌き切る。…なるほど、あの花魁の技もこの鬼は使えるということか。
その後も帯は私達に降り注ぎ、私はそれを全て捌き切った。それしか、出来ない。宇髄さんと鬼の攻防は速すぎて下手に手を出せば宇髄さんの邪魔になるのは明らかだ。私はせめてもの援護で帯を捌き切るものの、

「ぐぅ……っ!?」

この血の刃のような攻撃は一撃が重すぎる!腕がミシミシと音を立てるし、刀もこのままでは折れてしまう!これはこの鬼の血鬼術か…!?

「凛!!」

炭治郎が私に加勢して血の刃のような攻撃を受け流してくれる。刀は左手の柄に縛りつけてあり炭治郎の限界が近いのは見てとれた。あまりにも痛々しいその姿に下唇を噛みながらも私は延々と降り注ぎ、襲いかかる帯を斬り伏せ続けた。

「邪魔だなああ、お前」

いつの間にか私の真横には宇髄さんと戦っていた鬼が姿を現していて、私に一撃を繰り出してくる。

『空中でも体の力を抜くんじゃねェ』

実弥さんの言葉が、私の頭に響く。
私は鬼の一撃を飛び跳ねるように避け、そのまま空中で技を繰り出す。

「風の呼吸 漆の型 勁風・天狗風!」

私の技を鬼は全て捌き切るも、その際に出来た隙を逃さず宇髄さんが鬼に一撃を食らわせる。
鬱陶しそうに私のことを睨んだ後、鬼はまたしても宇髄さんの相手に集中しだした。
なんとか帯と血の刃を凌げれば、好機は訪れるかもしれない…!私と炭治郎は呼吸する間もないほど襲ってくる帯と血の刃を捌き続けるが、消耗戦となれば分が悪い。何か、打開策がなければ…!

その時、大量のクナイが宇髄さんと鬼に降り注いだ。自身にクナイが刺さっても気にせずに宇髄さんは鬼に向かい、宇髄さんが斬った鬼の足がすぐに再生しないのを見て炭治郎は鬼の頚を狙いに飛び込み、私は二人に向かう帯と血の刃を捌くことに神経を集中させた。
宇髄さんと鬼の技が弾け合い、様子が分からないのにも関わらず帯と血の刃は私達に降り注ぐ。ということは鬼の頚はまだ繋がっているということ──!

「雛鶴ーーー!!」

宇髄さんの叫び声が聞こえ、その目線の先を見ると女の人が鬼に捕まっていた。今私達の援護をしてくれた人だろうか!?
邪魔はさせないと言わんばかりに鬼の猛追が激しく私達を襲う。特に宇髄さんは帯の檻に囚われてしまいその場から動くことすら出来ない。
それに比べて私と炭治郎への帯の攻撃はまだ捌ける!なら、私は──

「炭治郎!」

私の声に炭治郎の目が少しだけ私に向いたのが分かった。絶対に作ってみせる!彼女までの道を!

「風の呼吸 捌の型 初烈風斬り!」

炭治郎の元に纏っている帯を一掃する。あまりにも大技を連発したため呼吸が苦しく目眩がするが、こんなもの二人に比べたらなんてこともない。すぐに次の帯が襲いかかってくるかもしれないが、確かに一瞬、私達のいるこの場所に隙間が空いた。

「ありがとう凛!」

そう言うと炭治郎は凄まじい速さで鬼の腕を斬り落としていた。これは水の呼吸であってヒノカミ神楽だ。炭治郎はこの土壇場で二つの呼吸を混ぜ合わせて使い彼女を見事に救った。

「竈門炭治郎お前に感謝する!!」

宇髄さんがそう叫び、炭治郎と二人で頚を斬ろうとするも鬼はそれさえも防いでしまう。あの鬼は桁違いに強い!そして、油断をしてると

「炭治郎!」

炭治郎に向かって帯が襲いかかってくるのを防ぐが、やはりこの帯は厄介だ。それに加え血の刃まで降り注ぐのだから精神も体力も削られ続ける。なら、

「鎌の男よりまだこちらのほうが弱い!まずこっちの頚を斬ろう!炭治郎、まだ動けるか!」
「動ける!凛は──」
「宇髄さんを襲う帯と血の刃は私が死んでも全部防ぐ!炭治郎達はそっちの鬼の頚を斬って!」
「分かった!だけど絶対に死ぬな!凛!」


炭治郎達に花魁の鬼を託して私は宇髄さんの援護に徹底する。さっきまでは炭治郎と二人で捌いていた帯と血の刃はますます激しさを増し、息を吐く暇すらない。
でも、捌けないわけではない!なんとか隙をつければ私も宇髄さんに加勢──

「お前、ちゃあんと鬱陶しかったぜえ」

その瞬間、背後から信じられないほどの寒気を感じて咄嗟に重心をずらすものの、それは私の背中を貫いて視界に入ってきた。

「はっ……!?」

自分の体から鎌が生えてる。違う、刺されたんだ。痛さと共に焼けるような嫌悪感に襲われ、私は口から血を吐き出してその場に倒れた。

「あ?急所外れちまったなああ。まあ、苦しんで死ね」

体が動かない。止血を、呼吸で止血をしなければ。だけど毒のせいか呼吸が浅くなってまとまらない。鬼が炭治郎達の元へ向かってしまう。宇髄さんは…!?
視線を宇髄さんに向けると、そこには片腕を切断されてぴくりとも動かない宇髄さんの姿が目に入った。

霞む意識の中で




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