遊郭編 弐


べん べべべん べん
綺麗な三味線を奏でているのは私と一緒に京極屋へ潜入した善逸だ。何してるの?
最初のときと屋では炭治郎が選ばれ、道中に出会った荻本屋に伊之助が選ばれ、京極屋では宇髄さんが

『いっそタダでもいいんでこんなのは。それに今ならおまけにこの子もつけるぜ!』

なんて人のことをまるで付属品のように扱って見事に京極屋に潜入することには成功したのだけど、善逸は自尊心が少し傷付いたらしい。
それにしても善逸、三味線上手いなぁ。さっきは琴も弾いていたし耳がいいから一度聴いた曲は弾けてしまうみたいだ。私なんかよりよっぽど潜入捜査に向いていると思う。

「うん。でも今は三味線を弾いてる場合じゃないよね」

宇髄さんのお嫁さん。ここ、京極屋では「雛鶴さん」を探さなければならない。
ここの空気はとても重く歪だ。二日前に死人も出ていて、皆暗くぴりぴりとした空気が漂っている。話を聞こうにも後にしてちょうだいと煙たがられるのでやっぱり自分達でなんとかしなければいけないみたいだ。
私は正気に戻った善逸と集めた情報を交換して、一緒に行動をすることにした。

善逸は耳がとても良い。聞き耳を立てて雛鶴さんの情報を探しているけれど誰も雛鶴さんのことを口にしていないようだ。
集中していた善逸が目を開けて真剣な顔をする。何か気になることでも聞こえたのだろうか。

「一大事だ。女の子が泣いてる」

善逸があまりにも真面目な顔で言って、その声が聞こえた場所へと走り出したので私も着いていくとそこには滅茶苦茶になった部屋と、顔に傷をいくつも作った女の子が座り込んで泣いていた。私には全く聞こえなかったけど、善逸はあんなに遠くからこの子の声を見つけたのだ。

「喧嘩した!?大丈夫!?」

善逸がそう声をかけると女の子はわっ、ともっと泣いてしまう。
ごめんね、と善逸が謝っても女の子は顔を上げない。私も女の子の側にしゃがみ込んで「大丈夫?怖くないよ」と背中を摩ると少しだけ落ち着いたのか泣き声が細くなっていく。
良かった、これなら話が──


次の瞬間。
私も善逸も呼吸すら出来ない状況に追い込まれた。

「アンタ達、人の部屋で何してんの?」

鬼だ。纏う空気が鬼なのは間違いない。
振り返らなくても分かる。そして、こんなにも禍々しく強い気配の鬼に今まで私は出会ったことがない。
横目で善逸を見ると顔を真っ青にして手を震わせている。それは私も全く同じで、身動き一つ取れずにいた。

「オイ、耳が聞こえないのかい」

殺される。
私達はここで、この鬼に殺される。
そうとしか思えない状況の中、女の子達が私達を庇うように声をかけてくれた。

「わ、蕨姫花魁」
「その人達は昨日か一昨日に入ったばかりだから…」

声を震わせながら女の子達が伝えると、蕨姫花魁と呼ばれた鬼は彼女達にも強い殺気を向けた。

「は? だったら何なの?」
「勝手に入ってすみません!」

私よりも先に恐怖に打ち勝ったのは善逸だった。
すみません、と。あの子が泣いていたので…と怖いはずなのに善逸は自分に鬼の意識が向くように声を上げる。
何とかしてこの子だけでも逃してあげれないか。そう考えていると鬼が女の子の耳を引っ張りあげた。

「ギャアッ」
「五月蝿い!ギャアじゃないよ、部屋を片付けな」
「ごめんなさいごめんなさい!すぐやります許してください…!」
「やめっ──!」
「手、放してください」

許せない!と鬼にから女の子を引き離そうと立ち上がればその鬼の手を善逸が先に掴んでいた。
鬼は信じられないほどの怒りと殺気で空気を震わせていて、私は咄嗟に耳を引っ張られていた女の子を庇うように抱き込んだ。
そして次の瞬間、善逸は鬼に思い切り殴り飛ばされて別の部屋まで吹っ飛ばされていた。

「躾がいるようだねお前は。きつい躾が」

このままでは善逸が殺される。
私は庇っていた女の子を背にして、どうするべきかを考えた。だけど、今私は日輪刀を持っていない。戦うことすら出来ない状態だ。
そしてこの鬼の強さ、纏う空気。…これがきっと、「上弦の鬼」というやつなのだろう。

「蕨姫花魁…!!」

騒ぎを聞きつけた楼主さんが鬼…蕨姫花魁に土下座をしてこの場を何とか治めてくれたものの事態は最悪だ。雛鶴さんを探さなければいけないけれど、まずは上弦の鬼がここ京極屋にいることを宇髄さんに知らせなければ…!

善逸を空き部屋へと運び、私は咄嗟に指を噛み、手拭いに自分の血で簡潔に文字を書きそれを十蔵君に預けた。
急がなければいけなかった。だってきっと──

「アンタ、鬼殺隊だろう?」

私達のことはもう、見破られているから。


***


俺と伊之助は約束通りの場所で定期連絡を待っていた。伊之助のところにはどうやら鬼がいるらしく、興奮気味に語ってくれるがちょっとよく分からない。一先ず宇髄さんと京極屋に潜入した凛と善逸を待とうと伊之助に提案すると、気付かないうちに現れた宇髄さんが「善逸と凛は来ない」と口にした。

「二人が来ないってどういうことですか?」
「これを見ろ」

宇髄さんから渡された手拭いには血文字で「上弦有」とだけ書かれていた。そして、この手拭いからは凛の匂いがする。これは…!

「お前たちには悪いことをしたと思ってる」

宇髄さんはお嫁さんを助けたいために判断を間違え、その結果凛と善逸はお嫁さん達と同じく消息を絶ってしまったらしい。
宇髄さんは俺達にもう花街から出て、後は自分一人で動くと、消息を絶ったものは死んだと見做すと言う。

「いいえ宇髄さん!俺たちは…!」
「恥じるな。生きてる奴が勝ちなんだ。機会を見誤るんじゃない」
「待てよオッサン!!」

宇髄さんはそう言い残すとあっという間に姿を消してしまった。
正直なことを言えば、今すぐにでも凛と善逸を探しに行きたかった。だけど俺達がすぐに京極屋に向かったとしても凛達がすぐに見つかる可能性は低い。それどころか俺達まで上弦の鬼に捕まったら元も子もない。
俺は伊之助にまず夜になったら伊之助のいる荻本屋で合流して、建物の中に通路がないかどうか探そうと提案した。

「俺は凛も善逸も宇髄さんの奥さんたちも皆生きてると思う。そのつもりで行動する。かならず助け出す」

絶対に諦めない。必ず全員見つけ出して、助け出すんだ。俺の言葉に伊之助は力強く賛同してくれた。

上弦の鬼




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