遊郭編 壱


久々に蝶屋敷へ行こうと私は胸を高鳴らせていた。たった二月だけど、炭治郎から手紙をもらう度に皆のことや禰豆子ちゃんのことが詳しく書かれていて、それを読む度に早く皆に会いたい思いが募って仕方がなかった。
任務が入っていたら炭治郎達はいないかもしれないけど、アオイやなほちゃん達。それにカナヲも蝶屋敷にいるかもしれない。

「喜んでくれるかな」

お土産として買ったそれに頬を緩ませる。
やっと見えてきた蝶屋敷だが、なんだかいつもと様子が違う。騒がしいし、なんで善逸と伊之助はあんなところに乗ってるんだ?

「こんにちは。どうしたの?」

門をくぐってそう声をかけると全員の視線が私に刺さる。なほちゃんときよちゃんとすみちゃんは涙目だし、よく見るとアオイがなんだか大きな人に抱えられてる。それに対して皆が物申してるのだろうか?

「任務に女の隊員がいるからコイツを連れてこうとしたら、そいつらが駄々をこねたんだよ」

アオイを抱えてる男の人が簡潔にこの状況を説明してくれる。
なるほど。それは炭治郎達も止めるはずだ。
アオイは言っていた。「怖くて戦いの場に行くことが出来なくなった」と。間に合って良かった。

「じゃあ、私がアオイの代わりに行くのでアオイのことを降ろしてもらってもいいですか?」
「へぇ。お前なら女だし願ったり叶ったりだな」
「俺たちも行く!」

え。女の隊員が必要なのに炭治郎達も行くの?
善逸は顔を真っ青にしながらもうんうんと頷き、伊之助も当然!と啖呵を切っている。どうやら三人とも行く気満々らしい。

「あっそォ。じゃあ一緒に来ていただこうかね」

そう言ってその人は素早く屋根から降りてアオイを降ろす。ずっと顔は見えていなかったけどアオイは目に涙を溜めていて今でも少し震えて、そして私に抱きついてきた。

「ごめん、ごめん…!凛、私のせいで…!」
「ううん、間に合って良かった!アオイ達はここで私達の帰りを待っててね」
「凛……」

アオイがぽろぽろと涙を流す。
いいよと言っても気にしてしまう子なんだ。なほちゃん達も涙目だし、…その、縁起が悪い。まるで今生の別れのような悲壮感にどうしたものか、と思い私はあることを思い出した。
そう、私は彼女達にお土産を持ってきていたのだ。

「これ、皆に買ってきたの。金平糖なんだけど…良かったら食べてね」
「……!凛、ありがとう……絶対、絶対帰ってきてね!待ってるから…!」
「あはは、分かってるって」

一人だけ輪から外れて汗を流してるカナヲにも金平糖を渡して「カナヲは別の任務?」と聞けばうん、と返事をしてくれた。
カナヲもアオイが連れて行かれるのを止めてくれていたのだろう。そのおかげで間に合うことが出来たのだから本当に助かった。

「お互い頑張ろうね!」
「…凛も、気をつけて……」

もごもごと、小さな声だけど確かに私達のことを心配してくれてる様子が伝わってくる。それが嬉しくて、ちょっとむず痒くて。ちゃんと帰って来ないとばちが当たるな。

「うん、行ってきます!」

こうして私達はあの大きな男の人の任務に同行することになったのだが──


「遊郭に潜入したらまず俺の嫁を探せ」

藤の花の家紋の家に着くと、その人──宇髄天元と名乗ったこの人は音柱であり、そんな突拍子もないことを言われた。嫁探し?結婚相手ってこと?

「ふざけないでいただきたい!自分の個人的な嫁探しに部下を使うとは!!」

善逸が思ったままの言葉を口にする。
その後二人が叫ぶように口論を続け、状況が見えてきた。どうやら宇髄さんのお嫁さんは既に遊郭という場所に潜入しているらしく、定期連絡が途絶えたためそれを探せということだ。しかも驚くことに、お嫁さんは三人いるそうで。なんだか色々と凄い人だなと聞いていると宇髄さんが私の顔をじっと見てきた。

「な、なんですか?」
「お前はあまり弄らなくてもいけそうだな」
「はい?」
「お前らには変装をして潜入をしてもらう」

そう言って宇髄さんは家の方が用意してくれた物を使って、そして──


「あっはっはっは!!」
「ははっ!良い出来だろ?」

私と宇髄さんは三人の姿を見てひーっ、と笑ってしまう。だってまさか、潜入するための方法が「女装」だったなんて聞いてないうえに、宇髄さんが派手にいけ派手に!とお化粧をしたせいで三人とも凄い顔面になっている。

「ひ、酷いぞ凛…!そんなに笑うなんて…!」
「ご、ごめん…、可愛いよ。す、炭子ちゃん?」
「アタイそんなに可愛くない!?」
「自信持って、善子…!ふっふふ…!」
「俺はこんな暑苦しいもんは脱ぎてえ!」
「伊之助は、お化粧取ったほうが可愛いかもしれないね…?」

というか、伊之助に至ってはお化粧をしなければ全然私よりも女らしく可愛らしい顔をしているのでちょっと複雑なくらいだ。だけど、それを本人に言ったら逆に怒ってしまいそうだから言うのはやめておこう。

「お前も化粧するか?」
「え゛!?わ、私は遠慮します…!」
「そうかぁ?でもまあ紅くらいはさしとけ」

そう言われて宇髄さんに紅を塗られる。お化粧なんて生まれてこの方したこともないから変な感じだ。

「お、なんだ。紅だけでも女らしくなるじゃねーか。髪も結ってやるよ」
「え!?いやほんと大丈夫……って人の話聞いてないですね?」

宇髄さんは嬉々として私の髪を結いだす。
三人の姿を見ると、私もなかなか楽しい格好にされるのかもしれない。まあ、潜入のためだし良いけどさぁ…


「…なぁ炭治郎。お前遊郭がどんなとこか知ってる?」
「? 宇髄さんからの説明でなんとなくだけど理解したぞ?」
「あー………」

ごにょごにょと。善逸が炭治郎に耳打ちをすると、炭治郎は顔を真っ赤にさせて立ち上がって私達の元へと駆けつけた。

「だ、駄目だと思います!!」
「わ!びっくりした」
「あ?何がだ?」

ほらよ、と私の髪を結い終わった宇髄さんは私の背中をぽん、と叩く。そして何故か顔を赤くさせている炭治郎を見上げるように見るとうっ、と炭治郎は私から顔を逸らしてしまう。
……え、そんなに変な髪型にされたの…!?

「凛はその、潜入は危ないと思います!」
「ほーん?なんでだ?」
「可愛いじゃないですか!」
「は?」

力の限りそんなことを言う炭治郎に私は思わず声をあげてしまう。少しの沈黙の後、宇髄さんはぶはっ!と吹き出して笑った。

「なんだよ、おい善逸。コイツそうなのか?」
「残念なことに無自覚ですけどね」
「な、なんの話だ!?」

炭治郎はどうして笑われてるのか分からないようでおろおろしているし、私はなんで炭治郎がそんなよく分からないことを言い出したのか分からないしで混乱しているのに宇髄さんは楽しそうに笑い、善逸は呆れたようにため息をついて、伊之助は我慢出来ないとばかりに着物を半分脱いでいた。皆自由すぎない?

「あー…竈門。お前には悪いが凛には潜入してもらう。人数はいくらいても足りないくらいだからな」

それは確かにそうだろう。
既に宇髄さんのお嫁さん三人の消息が掴めなくなっている。状況は悪く、鬼がいる可能性も濃厚。
人数を減らす利点なんて一つもない。

「ただし、潜入するのはさっき言った通りときと屋、荻本屋、京極屋の三つだ。俺もそこまで鬼じゃないからな。凛は一人では潜入させねえ」

そうだなぁ、と宇髄さんは部屋にいる私達全員の顔を見渡して善逸と目が合うとにっこりと笑った。

「善逸。お前が潜入する場所に凛は一緒に潜入させるからコイツのことよく見とけよ」
「え、俺!?炭治郎の方が良くない!?」
「お前の方が遊郭のことを竈門より理解してるだろ。それに、凛が関わった場合竈門よりもお前の方が冷静に対応出来そうだからな」

何かあったら善逸を恨めよ、と宇髄さんは私と炭治郎の肩を叩く。凄い。多分私は話の中心人物なのに全く状況が掴めない。
首を傾げて状況を整理しようとしていると炭治郎に両手を包み込まれるように握られる。

「凛!本当に、本当に気をつけるんだぞ…!」
「え、う、うん?それは炭治郎もね…?」
「善逸!凛のことを頼んだぞ…!」
「ええぇ…潜入よりもこっちの方がやばくない俺ぇ…?」
「くっそ!今すぐこれを脱ぎてぇ!」

こうして私達は、遊郭へと潜入捜査に繰り出すのであった。



「炭治郎、遊郭っていうのは女の人が男の人といやらしいことをする場所なの。可愛ければ可愛いほど売れちゃって、男の人の相手をしなきゃいけない場所なんだぞ?いいのか?」

善逸が炭治郎にそんなことを耳打ちしてたことを、私は知らなかった。

初めてのお化粧




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